2009年6月15日 (月)

りっちゃん by akuma


弟なんですって!:2007年03月04日01:29

23~4の頃、学校の講義も殆どなく、遊んでばかりいました。
その頃、たまたま、知り合いになった2つ下の女の子と、一つ屋根の下、暮らすようになりました。
といっても、一月働いたら、三ヶ月旅に出る、それの繰り返しでしたから、一緒にいる時間は、一年のうち、三ヶ月位だったでしょうか?

こちらにいる時は、たまに学校の実習に出て、彼女の家に戻ってくるという、普通の生活をしていましたが、実家に帰ることはほとんどありませんでした。

さすがにお金がないと、旅には出られませんから、目一杯バイトして稼いで、旅の準備をする、そんな生活でした。

長いときは、一月近く夫婦のように毎日
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
と言う事をしていると、近所の人とも挨拶をかわすようになり、話もします。
彼女はちゃんとした、金融関係の会社に勤めていましたから、毎日きっちりとした生活をしているのに、たまにやって来ては、遅くに帰ってきたり、全く帰ってこなかったり、まるで「ひも」のように思われていたかも知れません。そんなにやさ男でもないんですが・・・・
アパートの隣の奥さんに僕の事を聞かれると、なぜか
「弟です、大学がこっちなもので・・・・・」
と彼女が言ってしまったのです。
何で「兄」じゃなく、「弟」なんだと聞くと
「あたしの兄だったら、ほんとはとうに大学卒業してる年でしょ、なのにブラブラしてたら恥ずかしいでしょ」
って何かよ、俺は恥ずかしい存在?
で、彼女は生まれ育ちは大阪でしたが、実家は山口なので、僕も山口弁を練習させられました。
「ぶち」
「ぶっち?何なんそれ」
「たくさんとか、ものすごくって言う意味よ、さぁ、言って」
「ぶっち」
「ちがう、ぶち」
「ええやん、そんなん」
「あかん、、、ほら、ぶち」
まだ、世間体を気にする時代ですから、彼女も僕がいる間、気を使っていたのです。

ある休みの日、アパートの風呂釜が壊れたので、仕方なく近所の風呂屋に仲良く出かけ、帰りに立ち飲み屋で一杯やってから帰ってきました。
彼女は酒には弱かったので、顔を桜色に染め、僕の肩に頭を付け、腕に腕を絡ませ手を握り合ってアパートまで帰ってきました。
玄関に辿り着いたとき、たまたま隣の奥さんが出てきて、ばったり僕達の姿を見たのです。
彼女は、酔った勢いか、開き直ったのか、大きな声で
「だから、弟なんですって!」
と怒ったように言い放って、玄関を開けました。

僕はなんだかものすごく可笑しくなって、玄関に入るなり、大笑いしていました。
「何がおかしいーいん」
「そやかて、めっちゃ笑えるやん、さっきのおばはんの顔、はははっ、ぽかーんと口開けて・・・」
あまりに僕が笑いつづけるものだから、彼女は怒って、タオルを僕の口に突っ込んできます、眉間にしわを寄せながら。
「そんな顔しとると、しわがふえるで、笑えよ」
と、僕は彼女の弱点の脇腹をくすぐって、
「笑え、笑え」
「やめてっ、ははっ、やめてって、はははっ」
結局、酔った勢いもあり、2人で大笑いしながら、いつものようにしっかりと抱き合っていました。

あの日、あの時間、小さな幸せかもしれませんが、2人は確かに幸せだったんだと思います。

先にどんな事があろうと、今を生きていける事が若さの所以だと、今にして思います。

先の不安を募らせるあまりに、今の幸せを台無しにする事は、幾つになっても良くない事でしょう。。。。。。。。。。。。
by akuma


海と皿うどん:2007年05月04日22:20

その当時、海のスポーツと言えば、ウインドサーフィンです。

僕も友人から、ウインドサーファー級のボードを譲り受け、始めたのですが、世の中ではもっと短く軽くスピードの出るボードがどんどんと出ていました。
ご多分に漏れず、僕もロングからミディアム、ショートとボードのサイズが短く軽くなり、セールも何種類も揃えるようになっていました。最後に乗っていたのはランファン275と言うボードで、前に進んでないと沈んでしまいそうなボードでした(もっと短く浮力の無い物もありました)。
たいして、ターンも上手くは無いのですが、海面をかっ飛ぶ爽快感にはまっていました。

最初の頃は、夏場だけだと思っていたのですが、冬場の方が風が強く安定しているし、海が込んでいないので、冬場にも、風と波を求めて毎週のように出かけていました。
その当時の彼女は、夏こそ僕と一緒になってボードに乗って遊んでいましたが、
「この寒いのに、バッカじゃないのー」
って、のろうとはしなかったものの、日曜日ぐらいしか一緒に出かけられないので、しぶしぶ付いてきてはいました。
風も波も無い日には、早々に引き上げて、どっかに遊びに行けるものですから
「かぜー吹くなー、波よ静まれー」
と、照る照るぼうずを車にぶら下げていました。

1月、世間は成人式とかで休みでしたから、またぞろ、海の用意をして、出かける準備をしていたら、何を思ったか、
「今日は海で作るからね」
といつもおにぎりを作って持っていくのに、その日は鍋とガソリンコンロを持って出かけました。
前の日から用意していたらしく、僕には黙ってタッパーやら何やら詰めているし。

午前中、少し風が出たところで、仲間と小1時間波に乗ったり、ジャンプしてみたりしましたが、すぐに風は治まり、ほとんど微風状態、天気もピーかんで、あきらめて浜に戻りました。
浜では待ちかねたように、
「火ーつけて火ー、はやくはやく」
と料理の仕度をしようと待ちかねていました。
仲間も
「りっちゃん、どうしたん今日は、やさしいやんか」
「みんなの分も作るから、食べてなぁー」
とやる気満々です。
「水汲んできて!」
「俺?・・・・」
「お出しを入れて」
「また俺?・・・・」
「お皿並べて」 
とほとんどの作業を手伝わせて、本邦初公開、
「りっちゃんのお手製皿うどん、イェイー、拍手拍手ー」
となりました。
麺は既成品の細いフライ麺ですが、あんは確かにお手製です。
色々な具材、を既に切って置いて持ってきたのです。
「夕べ、俺が寝てからこんなもん用意してたんかー」
「そうや、あんたには内緒や」
浜にバラバラになっていたそれぞれの彼女達も集まってきて
「うまいうまい、りっちゃん料理じょうずやん、口は悪いけどー」
「口はよけいやー、食べさせへんでー」
と、彼女もまんざらでもない様子。
普段はほとんど口も交わさない連中も寄って、楽しい昼食となりました。

いつも思っていたそうです。
「どうしてこの人たちは、同じ場所で、同じスポーツしてるのに、バラバラなんだろう」って

そうなんです、ウインドサーフィンの中でも、ファンボーダーと呼ばれる人種は、ほとんど一匹狼のような人ばかりで、比較的新参者の僕にはやさしかったものの、他の人と深く交わる事はありませんでした。
その彼女や奥さんも、それぞれの彼の事以外は全く眼中にないようだったので、前に来た時、話し掛けたのだそうです。一度、お昼を一緒にしませんか?と。

それで今日の賑わいとなったのでした。
一旦打ち解けると後は、似たような年代の人ばかりですから、
翌週も誰かが、鍋を手にしていたり、バーベキューをしたりと、
楽しい仲間となって行きました。

僕はその後、ディンギー(小型ヨット)の世界へ足を踏み入れることになり、その浜へはほとんど行かなくなりました。

りっちゃんと呼ばれていた彼女と別れて数年後、今の嫁さんと二人でその浜へ出かけた時、子供と一緒に浜に集う人達を見かけましたが、浜では近づきませんでした。
ひとり乗りのディンギーで沖へ出た時
「久しぶりやなー、りっちゃんどうしとるー、もう子供おるんやろー」
と仲の良かった人が近づいてきましたが、
「ああー」としか言えず
「ほんじゃあなー」
と軽い調子で、沖へ上ぼっていく彼を見送りました。
ずいぶんと腕を上げた彼のそのボードは昔のように短くは無く、微風でも乗れる浮力の確かなものでした。

by akuma

びっくりドンキー :2007年10月02日01:48

大阪の南の方に住んでいた頃、休みの日のご馳走といえば、びっくりドンキーのハンバーグでした。
子供みたいですが、まだ、二十代も前半、食欲旺盛な頃でしたから。。。。。。

わらじのようにでっかいハンバーグと、大盛りのご飯。
よせばいいのに僕と同じ大きさのハンバーグを注文した彼女は、結局は残してしまうのです。
そしてその残り物は、僕の胃袋の中に。。。。。。。。。。。。。。。。。。

帰りにいつもポテトフライを頼んでました。

「ポテト大好き」
「さっき、もう食べられへ~ん、言うてたやないか~」
「これは別腹」

秋の夜道、お月さんてんてん、ポテトを摘みながら帰りました。。。。。。。

by akuma

大台ケ原 :2007年10月10日03:09

日本一降水量が多いと云われる大台ケ原。
計六回上っていますが、内1回は車で上がりました。
頂上からすぐのところに広い駐車場があり、夏場でなければ、駐車スペースにも困りません。
二人で買った中古車で、始めての遠出のドライブでした。

毎度のごとく、午前中、晴れていたかと思えば、もう昼前には曇りがちになり、駐車場についた頃にはぽつぽつと降り始めています。
駐車場の廻りの森も、霧で見えません。

その日はハイキングを諦め、荷物を担ぎ、その足で山荘に向かいました。

僕にとっては何度も来ている通いなれた山ですが、初めての彼女にとって、窓からの景色は、ただミルク色の霧の間から見える木々だけです。

「何にも見えへん、これやったら家におった方が良かったー」
「そんな事言うなや、自分も行きたがってたんやんかー」
「そやけど、こんなんやったら、おもしろーないわー」
「明日は晴れるって」

ほとんど宿泊客の居ない山荘のガランとした食堂で、テレビを見ながら、ふつ~の夕食を頂き、する事もなく、また、テレビをボケーっと見ていました。

「なあなあ、真ちゃん、トランプ持ってたやろ、トランプしよ」
「ええーっ、二人でかー」
「あそこにいる人達もいっしにや」

少し離れたところに、僕達よりはかなり年配のカップルがコーヒーを飲んでいました。

「なあなあ、誘ってきてよ」
「はいはい」

自分が言い出しっぺなのに、お使いはいつも僕です。
この頃、「貧民ド貧民」と言うゲームが内輪で流行っていて、家でも誰か寄ると

「ド貧民しよ~」

と、誰彼無しに誘い込んでいた彼女ですから、退屈しのぎには絶好のシチュエーションでした。
快く参加を申し出てくれた二人は、ご夫婦で、三重から来られたということでした。
立派な体格のご主人と、背の高い奥さん、ほとんどスッピンなので、お年は良くわかりませんでしたが、それでもきれいな人でした。

「ど貧民、知ってますか?」
「王様と乞食のことでしょう」
「ああ、そうとも云うらしいですね」
「それなら知ってますよ」
「そうですか、よかった。でもローカルルールがあるらしいのですが」
「大逆転ですか。エースが四枚揃うと、大小が逆になると言うやつ」
「えっ、大阪では2でしたけど」
「ははあっ、そうなんですか?」
「じゃあ、ここは三重県だから、エースで行きましょう」

りっちゃん(彼女の名前)がこのゲームはまったのは、浜でボードに乗っている僕を待っている退屈な時に、同じように彼氏を待つ女の子達と始めたのがきっかけでした。
ほとんど見知らぬ人とすぐに打ち解け、キャーキャー言いながら夢中になっていたので、浜に上がった僕たちまで、海に出るのも忘れ、熱中していたのを思い出します。

「お嬢さんは幾つ?」

奥さんがりっちゃんの年を尋ね

「21です」
「若いわねー、一回り以上も若い、お肌ぴちぴちだしー、羨ましい」
「ははっ、でもよく年上に見られるんです、この人のお姉さんに間違われたり」
「ええー、お似合いよ、若いご夫婦ね」
「いえ、一緒には暮らしてるけどー、結婚はしてません」
「じゃあ、もうすぐなのね」

りっちゃんは首を振るでも、頷くでもないそぶりです。

ゲームが始まると、年の事も、お互い初めて顔合わす事も忘れて、夢中になっていました。
途中から、山荘のアルバイトのお兄ちゃん、一人旅の登山客も参戦して、あっという間に、三時間ほどが経ちました。

「朝、早いので」

という、登山客とアルバイトのお兄ちゃんが離脱したのをきっかけに、

「そろそろおいとましますか」

と言って、ご夫婦もご自分の部屋へと引き上げていきました。
僕たちも、広い食堂では冷えてきたので、部屋に戻りました。

「ねえねえ、レイコさん。元モデルさんだったんだって」
「へぇー、通りでキレイな人や」

隣同士で、いつの間にか仲良くなって、二人は色々と話していたようです。

「子供さんは居ないんだって」
「そうか、それで二人で来れるんやなぁー」
「あたしと一緒や、流産したんやて」
「何や、もう言えへん、言うたやろー」
「そやけど、レイコさんも言うてたよ、くせになるって、自分は諦めたって」
「大丈夫や、また出来るって、その時は、うろうろせんと、家でじっとしとき」
「真ちゃんはどうすんの、大学やめんのー」
「俺もちゃんと働く、うちは夜間もあるから、大丈夫や」

もう、その頃には、学校にも興味がなくなって、ただ、残っていた単位を取るだけに行っていたようなもので、ほとんどの時間をアルバイトに費やしていました。

「心配すんなや、俺はずっと、りっちゃんの側におるやんかー」
「うん」

山荘のせんべい布団を引っ付けて、彼女の体を後ろから包み込むように抱きながら、いつしか眠りに就いていました。

朝、布団には彼女の姿がありません。
外は、相変わらずの曇り空でしたが、雨はやみ、時折、日が差す程度に回復していました。
しばらくして、

「真ちゃん、起きたぁー」
「ああ、どこ行っとったん?」
「今ねー、レイコさんと散歩しててん」
「ふ~ん」
「なぁなぁ、あの二人、夫婦やないねんて、男の人、別に奥さんも子供もおるんやてー」
「ふ~ん」
「でも、レイコさんの方が、付き合い長いんやてー」
「なら、何で結婚せんかったんやー」
「夕べ、言うてたやろー、レイコさん、もう赤ちゃんできひんねんてー、そやから結婚すんの諦めたんやてー」
「別に赤ちゃんがてけんでも、かまへんやろー、結婚したってー」
「真ちゃんには、わからへんのやー」

少し怒ったような、悲しげな表情で窓の外を見ている彼女を、後ろからゆっくりと抱きしめて、

「大丈夫やから、りっちゃんは大丈夫やから」

と、何の根拠のないなぐさめを言うだけでした。


頂上の展望台まで上り、昼には、またもや降りそうになってきた大台ケ原を後にしました。


それから、あの山には行ったことがありません。

by akuma


もみじ狩(馬篭・妻篭)その1:2007年10月13日01:01


自家用車を手に入れた僕達は、あちらこちらに出かけるようになりました。

バイトに専念し、少し経済的に余裕ができたので、週末は二人でよく出かけました。
1人で出る時は、自転車ですから、時間が必要ですが、車では結構遠くまでいけるので、週末の夜から出かけ、日曜の深夜に帰宅する事が多くなりました。

木曽路の旅を提案してきたのは、りっちゃんの方でした。
旅行雑誌の写真を見て、

「マゴメ、ツマゴメ行きたいよ~」
「え~、俺行った事あるよ、古い家が並んでるだけやでー」
「その雰囲気がいいねんやん、わからへん奴やなぁー」
「そやなぁー、そば食えるからなぁー、ほなら行こかー」

と言う事で、金曜の晩、夕飯もそこそこに、2台の自転車を積んで出発しました。

彼女は見かけに寄らず、怖がりで、免許を取っていなかったので、運転は僕1人です。
吹田から高速に乗り、京都、琵琶湖をかすめ、米原、関が原と進んだところで、パーキングエリアで休憩。
もう、日付が変わろうかと言うのに、結構な数の車が居ます。

「みんな、木曽へ行くのかなぁー、混まへんやろかー」
「あほやな、ここから東京へ行く人もあれば、信州行く人もあるやろ」
「そっか、同じ道走ってても、どこまで行くか、わからへんモンなぁー」

何故か、実は僕も同じ思いを画いていたのですが、冷静な意見を言ってました。
前に、ひどい渋滞で、懲りたので、ちょっと車が多いと、心配になるのでした。

恵那トンネルの手前で高速を降り、深夜の国道を走ります。
そこから馬篭までは、一時間足らずです。
毛布をかぶって横になっている彼女に

「もうすぐ、馬篭やで」

と言うと、むっくり起き上がって、

「真っ暗やん、何も見えへん」

と言って、また横になってしまいます。
馬篭の入り口にある駐車場に車を止め、僕もそのまま、車のシートを倒して、長距離の運転で疲れた頭を、ミニボトルのバーボンで休め、そのまま寝入りました。

翌朝、寒さと空腹で空が白み始めた頃に目がさめました。
僕はコッヘルでお湯を沸かし、コーヒーを入れ、一つはカフェオレに、僕はブラックのまま、ホーローの保温カップに入れて、

「りっちゃん、今日は目玉焼きとスクランブル、どっちがええー」

と彼女を起こし、彼女のリクエスト通り、ハムエッグを焼きながら、フライパンの蓋の上で、薄くカットしたフランスパンを温めました。

「ええ匂いしてきた」

とコーヒーカップを持って起きてきました。

「髪の毛くしゃくしゃや」
「後で、鏡みるからええのー、お腹すいたー」
「もう、出来たで、ケチャップか塩か?」
「塩」

ハッチバックのトランクに並んで座り、朝靄の山々を眺めながら、朝食を食べました。
普段、朝は早起きの彼女が、朝食を作り、弁当を置いて、先に出かけるのですが、旅先では、食べる事はすべて僕の仕事です。
車には、大きなクーラーボックスと、キャンプ用具がいつも満載ですから、どこでもダイニングです。

朝食を食べてからも、

「寒い~、動きたくない~」

と言いながら、彼女は車の中に戻り、ドアを閉めて、毛布に包まってしまいました。
僕は後片付けと洗い物を済ませると、暖まっている、彼女の毛布の中に潜り込みました。

「冷たいー、入ってくんな~」
「ええやんか、ああー暖ったかイー、極楽」
「こっちは冷たいよ~」
「すぐ暖まるって、見てみ、この手の冷たさ、ごっつい水がつめたいんや」
「大阪でも水は冷たい、ほら、私の手、あかぎれが出来てるやろ」
「違うやろ、それは新札で切ったって言うとったやんかー」
「それもあるけど、真ちゃん普段何もせえへんやろ」
「家におる時はしてるやんか」
「そや、たまにしか帰ってこえへんからな、あんたは」

その頃には、旅に出る事も少なくなり、週末やまとまった休み以外は、家に戻っていましたが、バイトで遅くなると、すぐによそで泊まって来るので、やはり週に二・三日しか戻らない事もありました。

「これからは、出来るだけ家に帰るよー」
「別にええよ、おらんかったらおらんでも、でも土日は一緒におってな」
「わかっとうよ、そやから、こうして来てるんや」

再び目が覚めると、周りには車が一杯です
陽も高くなり、車の中は暑いくらいになってました。

「あつー、もういこかー」

僕達は自転車を下ろし、馬込の街に入って行きました。

つづく

by akuma

もみじ狩(馬籠・妻籠)その2:2007年10月13日18:22


馬籠と言えば島崎藤村です。
あまり本をを読まないりっちゃんも

「夜明け前って読んだよ、お父さんのお話でしょ」

とよくわかったようなわからんような話をします。
馬籠の石畳の道、自転車を押しながら、高校生の頃の話をしました。

「友達ができひんかったからね、休み時間になったら、図書室にいってたん。毎日毎日。だから、その頃はたくさん本読んだんよ~」

りっちゃんは昼間働きながら、夜間の高校に行っていたのですが、途中から全日制に編入したため、友達がなかなかできなかったそうなのです。
美人なのですが、黙ってるとちょっと冷たい印象があり、人を寄せ付けないところがありました。笑うと笑窪が可愛いのですが。。。

きつい石畳の上り坂、息を切らしながら歩いて行きます。
ほどなく、「藤村記念館」という建物に到着しました。
生家は火災でなくなったそうで、記念館と言うのは新築のしゃれた和風建築でした。
所蔵品や文献を眺めていると、藤村の若い頃の写真がありました。

「ああー、藤村って慎ちゃんに似てるー」
「どこがやー、俺はこんな坊ちゃんみたいな顔しとーか?」
「めがねそっくりやん、慎ちゃんが太った時にそっくりや~、はははーっ」

確かに、二十歳頃の写真でしょうか、銀縁の丸いめがねはそっくりでしたが、俺ってこんなにお坊ちゃんな感じではないよなぁー、としげしげと眺めていました。

"まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ"

~初恋~ 『若菜集』より

「何か、女の子みたいな詩やねー」
「そらぁ、"初恋" 、やからなぁー」
「慎ちゃんの初恋はいつやったー?」
「うーん、となぁ、四年生の時かなぁ、二つ上の人やったなぁー」
「おねえさんかー、キレーやった?」
「うーん、となぁ、覚えてへんわ、りっちゃんは~?」
「な・い・しょっ」
「何やそれー」

長い坂道を、少し登っては覗き、少し歩いては味見し、たっぷりと時間をかけて展望台まで上りました。

「腹減ったなぁー」
「さっきオニギリ食べたとこでしょ」
「そばが食べたいねん」
「ほんまによう食べる人やねぇー」

馬籠峠を越え、妻籠に向かう事にしました。
川に付かず離れず旧中山道が続き、その中山道にそってアスファルトの道路が下っていきます。

「慎ちゃん、見て見て、川一杯に紅葉が」

橋の上で止まった彼女が、感嘆の声を上げています。
色とりどりの紅葉が川面を覆い尽くし、陽の光を浴びて輝いています。

「きれいやねー」
「そやなぁー」

万華鏡のように変わりながら、川の芸術家が、僕達だけのために、絵を画いてくれているようです。
しばらくの間、二人とも川面を見つめたまま、動きませんでした。

つづく

by akuma

もみじ狩(馬籠・妻籠)その3:2007年10月21日11:30

妻籠の宿は、昔の陣屋跡を改造してそのまま民宿にした建物で、大きな囲炉裏のある古風な造りでした。
囲炉裏の煙で燻された、柱や梁が黒光りして貫禄さえ感じられます。
父方の里の家もそんな感じでしたが、造りといい、柱の太さといい、もっと年代を重ねているように思われました。

「囲炉裏ってはじめてやわ」

都会生まれの都会育ち、始めてみる囲炉裏にちょっと興奮しているりっちゃんでした。
日の高いうちに宿に入ったので、まだ、何も支度がなされていなくて、囲炉裏端もがらんとして寂しいものです。

「散歩して来ようや」
「さっき、櫛売ってたやろ、あそこ行きたい」

彼女は通りにある、櫛を売る店で品定めしていたのですが、あまり興味がない僕に促されて、渋々その場を離れたみたいで、もう一度じっくりと見たいようでした。
宿の人に、観光案内のパンフレットを貰って見ていると

「なあなあ、真ちゃん、近くに温泉があるよ、行って見いへん」
「温泉?」
「ほらほら、ここ」

確かに観光案内のイラスト地図には、ごく近くに書いてありますが、実際には、国道まで出て、しばらく行くように書いてあるのです。
宿の人に尋ねてみると、案の定、車で20分位かかるようです。

「ほなら、自転車で行ってこよか」
「ええー、いいやー、お風呂入ってから、せっかく着替えても、また汗かくやんかー」
「ほな、どないすんねん」
「あたしが、お店廻ってる間に、真ちゃんが車を取ってくること」
「ええー、なんでやねん、俺一人で行くんかー」
「そや、あたしが行っても運転でけへんし、登りはしんどいしー、真ちゃん一人の方が早いやんかー」

僕達は、リュックに一日だけの用意をして、明日、車の止めてある馬籠まで戻るつもりで、自転車で峠を下ってきたのでした。

「じゃあねー、気をつけて早く戻ってきてねー」

満面の笑顔で見送ってはくれますが、こちらは、30分の登りが待っています。
夕暮れの山道をライトを付けて、

「ほんまにー、ほんまにー、リツコのあほー」

と、口に出しながら、ダンシング(立ち漕ぎの事)しながら高度を稼いで行きます。
途中、何台もの車に抜かれ、対向車とすれ違いながら、ようやく馬籠にたどり着いた頃には、真っ暗になっていました。
息も整わないうちに、自転車を屋根に積み、クーラーボークスにあったポカリスエットを一缶、一気飲みし、すぐに、妻籠に取って返しました。
宿に戻ると、囲炉裏端には、たくさんの宿泊客と料理が並び、彼女は見知らぬ男と楽しげに喋っていました。

「おかえりー、真ちゃん。遅かったねー」

『遅かったーだとー、誰のために行ってんだよ』
とは思いましたが、周りに人も居るので、喉まで出かかった言葉を飲み込んで、囲炉裏端に座りました。

「もうすぐ、ご飯だってー」
「見たらわかるわー」
「ご飯食べたら、温泉いこうねー」
「ああ、」

僕はちょっと不機嫌を演じて、彼女の顔色を見ていましたが、そんな事お構いなしに

「真ちゃんは一杯だけよ、運転せんとあかんから」

と言って、ビールをついでくれました。
まだ、上りの余韻が続いていたので、コップ一杯のビールを一気に飲み干し、

「おかわり」
「はやー、しゃあないねー、もう一杯だけだよー」
「わかった」

と、今度はコップに一口だけ口をつけて、炉端の縁台の上に置き、料理に目を向けました。
山菜のおひたし、天ぷら、何故かお造り、そして鮎の塩焼きが乗っていました。
囲炉裏には、大きな鍋が釣ってあり、火にかかっていました。

「なんやろ」
「すいとんやてー、食べた事ないわー」
「ようするに団子汁やろー」
「さすが真ちゃん、食べる事はよう知ってるなぁー、全国廻ってるだけあるわー、人ほっといて」

『その一言は余計やろー』と思いつつも、僕の興味は、料理の方に向いてました。

隣になった見知らぬ人達とも仲良くなり、楽しい夕食の時間は、あっという間に終わりました。

「今から、温泉行くねんけど、一緒に行かへん」

囲炉裏端で知り合いになった女子大生二人組に声をかけました。
顔を見合わせていた二人は、すぐに

「はい、乗せていってください」

と返事を貰い、部屋に帰って彼女にその事を言うと

「別に、ええよー」

と、言葉とは裏腹に、不機嫌そうに答えていました。

車の中、女三人寄ったらやかましい事、やかましい事。
行きも帰りも、三人はずっと喋りっぱなしで、僕の事はほったらかしです。
何か喋ろうとすると、

「真ちゃんは、運転に集中しといて」

と、寄せてもらえません。

宿に帰り、二人と別れ、部屋に戻りました。
もう、布団が延べてあり、座るところがほとんどなかったので、布団の上にごろんとなっていたら、ちょっとまっててと、彼女は部屋を出て行きました。
しばらくして、帰ってくると、お膳を抱えていて、徳利と杯、小さな七輪とほうばに味噌が乗っていました。
驚いている僕を、見ないで

「はい、今日ははご苦労さん、おひとつ」

と徳利を傾けてくるのです。
家でも酒をついでくれる事なんかないのに。。。。。

「今日はな、特別」

僕は彼女にも杯を持たせ

「ご返杯」

ほうば味噌は香ばしく、もう一本お銚子が欲しくなりましたが、

「もう、だめよ、真ちゃん酔っ払うと、すぐ寝ちゃうから」

目の前にもっといとおしいものがあったので、お酒はもう結構でした。

by akuma


公衆電話で・・・・・:2007年10月30日13:39

携帯電話のなかった頃、都会では、カード型の公衆電話は沢山ありましたが、田舎では、村で一軒ピンクの電話があるだけという事も良くありました。10円玉が、チャリン、チャリンとものすごい速さで落ちて行くのです。

「3つ、言わないといけない事がある」

相手が出るなり、返事も待たずに

「1つ目は、○○チャンの結婚式までには戻るから、礼服、クリーニングに出しといて」
「はいはい」
「2つ目は、車の車検が来るけど、□△自動車さんに電話して、勝手にもってといて、って言って、鍵は向こうにあるから」
「わかった」
「3つ目は、ええーっと、ええーっと、何だっけ」
その間にも、チャリン、チャリンと音がして、残りは一枚だけ
「3つ目は、ええーっと、リっちゃん、愛してるで~」
「ばかーっ(ツーツーツー・・・・・・)」

今は、便利と言やー、便利ですが。。。。。。。。。。。。。。。。。。

by akuma

椰子の木の下で :2007年12月31日00:05

「真ちゃん、南の島行きたいなぁー」
「ええーっ、沖縄?行った事あるんやなかった」
「違う違う、もっともっと南の島や、椰子の木がいっぱいはえてて、はっぱの屋根の小屋があって、いつでもバナナやマンゴーが生えてんねん」
「ほなら、フィジィーあたりかなー」
「フィジィーってどこー?」
「どこやったかな」

適当に言ってた僕は壁に貼ったカレンダーの世界地図でフィジィー諸島を探しました。
しかし、あまりに小さいので見つかりません。

「フィジィーかー、名前がええやんねー、行ってみたいなぁー、あたし飛行機乗った事ないねんな、まだー」
「俺もやで」
「真ちゃんはええやん、いつもどっか行ってるからー」
「俺かて、飛行機で外国行ってみたいよー、南極とか」
「南極は国じゃありませんよー」
「ほななんや」
「南極は南極やんかー」
「何やそれー」

その日はそれで話は途切れてしまったのですが、暮れも押し詰まった大晦日の日。
彼女の勤め先は金融関係で、近くの商店などがお金を預けに来るため、遅くまで残業していて、帰ってきたのは10時を回っていました。

「そば、温めよな」
「うん、ありがと、真ちゃん」

僕は買っておいたそばを茹で、ストーブの上の鍋をコンロにかけ直しました。
彼女が着替えた頃には、そばも出来上がり、テレビの前のおコタに並んで座り、

「頂きま~す」

と声を合わせて食べ始めました。
テレビでは、紅白でマッチが歌ってましたが、二人とも全然興味が無く、ただ付けていただけでした。

「あのな、今日昼休みに旅行代理店のお店にお金預かりに行ったんよー」

彼女はずるっと汁をすすってから続けました

「ほんとはな、あたしなんか一人で行ったらあかんねんけど、みんないそがしいからな」
「それで、ひったくりにでも会うたんかー」
「違うわー、そやなくて、そしたらなぁー、フィジィーってパンフレットが見えてん」

と言いながら、傍にあったカバンから、カラーのパンフレットを出して来ました。

「ゆっくり見る時間なかったんやけど、そんなに高い事ないでー」
「高い事ないでー、っていくらぐらいなん」
「二人で50万位やでー」
「50万かー、結構するなぁー、でも一人やったら25万でええやんかー」
「そらそやけど、真ちゃんは行きたないのー」
「行ってもええけど、他にも行きたいとこあるからなぁー」
「何や、また北極かー、びびってよう行かんかったくせにー」
「何言うてんねん、あれは金が集まらんかったからや」
「うそや、俺死ぬかも知れへーん、言うて泣いとったくせに」
「泣いとらへんわい」
「いいや、あたしに良し良し、されとったやないの」
「うるさい」

それで、その話はおしまいでした。

除夜の鐘が遠くで長ーい響きを聞かせています。
僕達二人にとっては始めての新年でした。


「真ちゃん、明けましておめでとう」
「おめでとう、今年もよろしくー、どうする、初詣、今から行くか?」
「寒いやろー、真ちゃん明日はバイト休みやろ」
「うん、二日からや」
「やったら、明日住吉さんまで行こう」
「そうしょっかー」

おコタを端に片付け、布団を延べたのは、2時をとうに過ぎていました。

横になって、僕が近づこうとすると

「あのな、新婚旅行に行くんやったら、フィジィーがええなぁーって思ったんやー」

その時、りっちゃんが言った意味が始めて分かりました。
二人で50万って言うのはそう言う意味だったと。

「ええで、フィジィーでもハワイでも」
「ううん、フィジィーがええねん、真ちゃんが言うたやろ、最後の楽園、って」
「そう言うらしいで、最後の楽園」
「その島で暮らそか、二人で」
「そやなぁー、それもええかも」

その時、椰子の木陰で、椰子の木にもたれて座っている彼女の横で、寝そべっている姿を想像していました。
鮮やかな原色の衣装を纏った彼女と、パンツ一枚の僕。
彼女は青い空を見上げ、何をするでもなく、ただ傍に横たわる僕の髪をさわっています。静かな午後のひと時です。
さわやかな風が吹き抜け、時折波頭の音だけが響いています。

僕は、しばらくの間、その想像の虜になっていました。


結局二人で海外旅行には一度も行きませんでした。
彼女ははフィジィーに行くことが出来たのでしょうか

by akuma

ポケットの中に :2008年01月02日01:29

元旦に、お昼を食べてから、嫁と近在の神社に行きました。
本来、初詣は朝のうちに行くものだと聞いた事があるのですが、まあ、僕は午前0時過ぎに一度行っていますから、単に嫁と出かけたかっただけなので勘弁して頂きましょう。二人で出かけるなんて、めったにない事です。

寒風吹く中、歩いて行きました。
こういう時、僕のポケットに冷たい手を突っ込んできます。
昔、りっちゃんも同じ事をしていました。


「起きて~よ、真ちゃん」
「ううん?、まだ9時やんかー」
「住吉さん行く、言うてたやろー」
「昼からでええやん」

元旦から夜更かしが過ぎましたが、彼女は元気なものです。

「お宮さんは朝のうちに参るもんや、昼から行ったら、神さんに失礼なんやでー」
「わかった、起きる、その前にも一回、なっ」
「あかん、あかん、起きな、あかんて、真ちゃん・・・・・・・」


結局、住吉さんに出かけたのは、11時を回る頃でした。
あり合わせのおせちで、猪口に一杯づつお神酒を頂いて、白味噌のお雑煮だけ食べて出かけました。

「お昼までに間に合わんかったら、真ちゃんのせいやからね」

地下鉄で行っても、30分足らず、昼までには十分着きます。

「わかったよー、走るかー」
「走らんでもええけど、今日はさぶいな」
「風があるからなー」
「真ちゃんのポケット、温いなぁー」

スタジャンの中に突っ込んでいる、僕の手を握ってきました。

「何でこんな冷たいんや?」
「さっき洗いもんしたからや」
「そっかー、ほなら反対の手も」

そう言って僕は彼女の後ろから、左手に左手を、右手に右手を包んで、彼女のコートのポケットに入れました。

「何か二人羽織りみたいやね」
「そや、二人でひとつや、ついでに足も括ろか、二人二脚や」
「いち、に、いち、に」
「いち、に、いち、に」

周りから見たら変な格好で、駅まで歩いて行きました。
でも、恥ずかしくなかった。
周りなんか見えてなかったんですね。

「どうしたの、ぼーっとして、話聞いてないでしょ」
「あー、ごめん何やった」

嫁の右手を確かめるように、握り返しました。

by akuma


水仙峡と結納 :2008年01月17日02:17

学年の終わりになると、進級の手続きのため大阪に帰ってきます。
その年も4年生にはなれたものの、卒業に足る単位が取れていないために、卒業はできない事が分かっていました。
僕は、大学を止めて働くかどうか迷っていた頃でした。

「淡路へ行かへんか」

同級生のY君が誘ってきました。

「彼女と自転車で淡路の水仙峡に行こうと言ってるんやけど、お前もりっちゃんとこいや」

と言うので、それぞれの車に2台づつの自転車を積んで、淡路島に渡りました。

船を下り、岩屋に車を停めて、そこから南に下っていくつもりでした。

「あの二人、秋に結婚するんやで」
「ええっ、卒業してすぐに」
「そや、エミちゃんは会社辞めて、春から花嫁修業やて」
「ふーん」

りっちゃんは気のない返事をしていましたが、心中ははかり知れませんでした。

折からの暖かい南風ですが、岬を回り込む度に向かい風になるので、結構負担のかかる輪走でした。
僕は慣れていますが、他の三人は常に遅れ気味でした。
特にエミちゃんはほとんど素人ですから、Y君に後ろに付いて貰って、かろうじて走っている様です。

行程の半分まで来たところで、

「ちょっと休もう」

といって近くの喫茶店に入りました。

「エミちゃんは、Y君とどうやって知りあったん?」

りっちゃんは興味津々、朝からそんな話ばかりしています。

「本人がおるんやから、直接聞けや」

僕はY君がエミちゃんと初めて会った、その場にいたのでよく知ってるのですが、まだ高校生だったエミちゃんが大学祭に遊びに来ていたところを、Y君がナンパしたと言うのが事の始まりでした。
それから三年あまり、ずっとY君とエミちゃんの事は度々聞かされていました。

そんな話を、女同士で話していると、いつまで経っても腰が上がりません。

「そろそろ行こか」

そう言う僕の言葉をさえぎるように

「りッちゃん、鏡入れの時、来てくれへん」

とエミちゃんは言い出しました。
式は秋口にするそうですが、結納と共に荷物を入れて、夏場から暮らすそうなのです。
もう、会社から新居も与えてもらっています。
その時に、僕達にも来て貰えないかと言う事でした。

「おう、来てくれや」

Y君もそう言うので、

「あたしなんか、行ってもええの?」

殆ど面識のない2人の結納の日に自分が行っても良いのかと気にしているようでしたが、

「お前らの方が先輩やからな」

と言う言葉に、頷いていました。

その日は、ばててしまったエミちゃんのために、僕が岩屋まで取って返し、車に乗り換えて、4人で楽しくドライブとなってしまいました。


試験、(と言っても僕は殆どはないのですが)が終わった翌日、朝からスーツに着替え、りっちゃんはフリフリノのスカートに普段履かないハイヒールで神戸に向かいました。

「どうせ飲むんだから」

と言われて、2人でJRに乗ってJR塩屋の駅に降り立ちました。
「塩屋異人館倶楽部」というレストランは、僕達もドライブの途中、何度か行った事がありましたが、改まって来たのは初めてでした。

両家の親戚が並ぶ中、何故か僕達二人だけが友人代表として呼ばれていたのです。

「お久しぶりです」

僕は以前実家にお邪魔したときにお会いしたY君のお母さんにご挨拶、今回はダンディなお父さんも一緒です。

「まあ、綺麗なお嬢さん、写真で見るよりずっとスマート」
「あ、いえっ、ありがとうございます」

いつもの賑やかなりっちゃんも、今日は控えめなおすましでした。


完全なフルコースのフランス料理、この人数ではいったい幾らかかるのかと思うほど豪華な食事でした。
両親族を会わせると十数人になります。そして僕達二人。

「あなたたちは来年?」
「お似合いよねー」
「まあ、一緒に暮らしてるの?」

いろいろな質問が、新郎新婦から離れたところで、僕達に興味が集中していました。

「あ、はい」

としか言いようのない質問ばかりで、ちょっと閉口していましたが、彼女の方はまんざらでもないようでした。

二時間あまり、お祖父さんが慣れないワインで酔っ払って、椅子から転げ落ちたのを合図に、Y君たち二人の祝福の言葉と共にお開きとなりました。


僕達二人は、新居を見学に行くタクシー組と別れて、歩いて駅に向かいました。
少しあるいたところで、あまり酔ってもいないのに、僕に寄りかかり腕を絡ませてくるりっちゃんの体がとても熱くなっていました。

「暑いのにー」

と言って、離そうとすると

「ええやん」

と言って、まだ、真昼間だと言うのに引っ付いて来ます。


クーラーの効いた車内、大阪まで帰るのに、乗り換えもせず、頭を寄せ合って二人とも眠りこけていました。

by akuma

げに恐ろしきは・・・ :2008年01月18日01:51

朝、起きたら、りっちゃんが仁王立ちになって、僕を睨んでいました。

「真ちゃん、プリン食べたでしょう?」
「えっ何?」
「あたしが取っといた、ヒロタのプリン食べたでしょう?」

僕は、前日遅くまで飲んでいて、帰ったのは明け方でした。
何か食べたかも知れませんが、記憶が定かではありませんでした。

「もー、楽しみにしてたのにー」
「ええやないか、また買うてきたらー」
「ほな買うてきてー、今すぐ、すぐやでー」

食べ物の恨みは怖い、特に女の恨みは。。。。

僕はジャージを引っ掛けて、駅の近くの店まで、自転車で走りました。
まだ、頭がふらふらします。
小さな交差点に差し掛かった時でした。
右から来た軽自動車が、僕に迫っていました。
キキーッと急ブレーキの音と共に、僕は車のボンネットの上に乗り上がって、そのまま、路面に叩きつけられたのです。

一瞬身を引いて、体を丸くしたので、頭から落ちる事はありませんでしたが、背中をしこたま打ったので、息がまともに出来なくて、うずくまっていました。

車から降りてきた女の人が、

「大丈夫ですかー」

と言っているのが聞こえましたが、返事も出来ません。
数分後、僕は救急車で運ばれ、すぐ近くの病院に入院する事になりました。


「真ちゃん!」

慌ててきたのか髪の毛は乱れ、化粧もせず、寒いのにジーパンにトレーナーだけで彼女は駆けつけてきました。

「ああー、大丈夫やで、骨も折れてへんし、打撲だけやから」
「びっくりしたわー、お宅のご主人、救急車で運ばれましたーって、それだけしか聞いてへんかったからー」
「大げさやなー、先生も気分が良ーなったら帰ってもええって言うとったし」
「真ちゃん、ごめんなー、うちがあんな事言うたからー」
「ええって」
「相手の人は?」
「一旦帰ったわ」
「たっぷり慰謝料もらわなー」
「何をやーさんみたいなこと言うとんや、俺も不注意やったんやからー仕方ないねんて」
「そやけど、相手の人は怪我もしてへんやろ」
「怪我はしてへんけど、青うなって、廊下で倒れたらしいで」
「そんなんあたり前やろ、加害者ねんから」

僕が車を運転する立場としたら、避けようがなかったかなぁーと思っていましたから、相手の事をそこまで責める気にはなれませんでしたが、りっちゃんは何か戦闘態勢万全という気合になっていました。

「ほなら、そろそろ帰えろかー」

僕がベッドから起き上がろうとすると

「ええー、もう帰んのー、もうちょっとおりーな」

と訳の分からない事を言い出す始末。
これは、相手の人になおさら会わせない方が良いと思い、帰ることにしました。

その夜、事故の相手の人がやってきました。

「絶対、表に出てくんなよ」
「わかったー」

僕はお互い様と言う事で、医療費だけを受け取る事で、相手の保険屋さんの話にも承諾をしました。それでも僅かばかりの慰謝料のような物が出るみたいでした。何か気の毒な感じもしました。

相手の人が帰った後、手土産の紙袋の中身を見て、

「あー、ヒロタのプリンやー、真ちゃん頼んどいたのー」

って、そんな訳あるはずもないのに、

「ええ人やねー、あの人」

りっちゃんは、手のひらを返したように、にこやかになっていました。

"げにおそろしきは女なり"

と言う言葉が浮かんで消えました。

by akuma


五万分の一地形図と宝くじ :2008年06月07日03:17

「何してんのー」

六畳の部屋いっぱいに広げた五万分の一の地形図を見て、彼女は大きな声を出して驚いていました。

「あのなー、俺が走った距離、測ってんねん」

北海道から九州まで、一度には広げられませんが、自分の行った地域の地図はほとんど全部持っていました。
実際に自分がどれだけ走ってきたか、知りたかったのです。

床に腹ばいになって、コロコロと距離計を転がして距離を積算していきます。通ったところには赤鉛筆で印を入れて、またコロコロと。。。。。これを延々と繰り返して行くのですが、北へ行ったり南へ行ったりなかなか地図を片付けられません。

「まだやるのー」

座る場所もなく台所で麦茶を飲んでいたりっちゃんも僕の横に来て、

「ここはいつ行ったの」
「あっ、ここが阿蘇山?」
「長野って山ばっかりねー」

とか行って、僕の行く先々で邪魔をしてきます。
僕の帰りを待っているとき、日本地図に印を入れたりして、かなり地図には詳しくなっていた彼女ですが、これだけ詳しい地図をこんなに広範囲に渡って見るのは初めてでしょう。
大学の教室に広げたときでも、教室がほぼいっぱいになる位の地図です。
一晩ではすべてを計算するのは無理でしょう。
一年分の距離、1万6千㌔を測ったところで、

「ああー、腹減ったなぁー」
「何時からやってたの」
「昼から」
「ええー、五時間もー」
「広げたり、畳んだりしてると暇が掛かるんよなぁー」
「ばかみたい」
「ばか言うな、ばか言うたほうがばかなんやでー」

弱点の脇腹に手をやると、近づけただけで

「やめて~よ」

ともう、顔が笑っています。
逃げる彼女を仙台付近まで追いかけて、上から覆いかぶさりました。

「まだ明るいんよー」
「ええやん」
「もうー」

と言う口を塞ぎ、山形辺りで彼女を抱きしめ、新潟に出るところでひとつになりました。


しわしわになった地図を畳み、ダンボール箱に戻していると、

「真ちゃんせいで晩御飯作るの遅うなったやないのー、どっか食べに行くー?」

と給料日前にもかかわらず、外に出ようと言うので

「俺、バイト代まだやでー」
「ええねん、今日は」
「何でー」
「今日な、当たってん」
「何が?」
「五万円、宝くじ」
「えっ、ほんまかー」
「こないだ買ってた宝くじ、一枚だけやったけど、帰りに売り場に持って行ったら、五万円当たってますーって、その場でくれたんやでー」
「へー、当たることもあるんやなぁー」

五万円と言えば、僕たちの一月分の食費です。
特に贅沢なこともしなかったけど、僕が旅に出る度に金を持ち出すので、ちっとも貯金が貯まりません。

「そやけど、今日だけやで、あとはなんかの時のために貯金やー」
「ええよー、ちょっとだけ飲んでもええやろー」
「まあ、今日は特別に許しといたるわー、真ちゃん飲み過ぎんといてよー」
「わかってるやん、どこ行くー?」
「真ちゃんの好きなとこでええよー」
「ほな、ナンバまで出よ」

僕たちは着替えて、電車に乗り、ミナミの繁華街まで出て、居酒屋に入り、終電までディスコ(古っ)で遊んで帰りました。

いつもジーパンしか穿かない、久しぶりのりっちゃんのボディコンワンピース姿に興奮してた僕は、帰るなり彼女に襲い掛かりました。

今度はパリパリという地図の上ではなかったけれど。


by akuma

雨の中 :2008年07月03日01:08

「いやーだねー、雨ばっかりー」

部屋の中にロープを張って、洗濯物を干していると、部屋の中までじとじとしてきます。
屋根のあるベランダが無いアパートでは、雨が続くと部屋に干すしかありません。

「クーラー買おうか?」
「ええーっ、高いやん、暑かったら外へ出たらええやん」
「雨ん中ー?」
「どっか屋根のあるとこ」
「どこ~?」
「例えば図書館とか」
「ああー、図書館ええねー、行こう」
「ほな、大学の図書館行こか、新しい食堂も出来てるし」
「ええー、遠いやん」
「でも、夜の10時まで空いてるで」

夜学のある大学では、夜も図書館が空いています。

「学食で晩御飯食べたらええやん」
「うん、一辺行ってみたかったし、真ちゃんがどんな事してるか見たいしねー」

と言う事で大阪市を南から北へ移動する事になりました。

普段僕は自転車で大学まで三四十分以上かけて通っていましたが、地下鉄の駅から大学までが遠いので、結局同じくらいの時間が掛かります。
駅から商店街を通ってパチンコ屋街を抜け大学へ向かいます。
構内に近づくと、それらしい学生が多くなり、時折、知った顔が通ります。
べたべたと手を絡ませるりっちゃんを置いて先へ行こうとすると、

「真ちゃん歩くの早いー、待ってよー」
「そんなハイヒールなんか履いてくるからー」
「だって、真ちゃんとお出かけなんて、なかなかないんやからー」

普段、会社への通勤は、ほとんどジーパンで、「ジーパンねーちゃん」とあだ名が付くぐらいなのに、大学へ出かけるのに、

「ジーパンでええやんか」
「いややー、真ちゃんの友達に会ったら、真ちゃんも恥ずかしいやろー」
「ええーっ、今は試験中やから、ほとんどおらへんて」

というのに、ノースリーブのピチッとした黒のワンピースを着てきました。
僕はジーンズを切った短パンにTシャツです。

誰にも会わなければいいのにと思う時に限って、一番会いたくない奴に会うものです。

「おおー、久しぶりやんけー、生きとったかー」
「ああー、試験やからな、一応」
「まだ何か残っとたんかー」
「俺は2単位だけやけど、新しい図書館に涼みに来たんや」
「一杯やで、図書館、皆考える事一緒や」
「そうかー、座るとこないかなぁー」
「ああ、ところで隣の彼女は誰やー」

と耳元に口を近づけて来ます。

「親戚や」
「ほんまかー」

とニヤニヤ笑いながら

「高田と言います、以後お見知りおきを」

と早速彼女に挨拶しています。

「こちらこそ、真ちゃんがお世話になってます」

とまともに挨拶していますが、高田と言う奴は、根っからの女好きで、僕は何度かそのとばっちりを食った事があります。
合コンには欠かせない男ですが、後の始末が悪い、困った奴でした。

高田と別れた後

「ねえねえ、高田さんて、いい感じの人ね」
「それが曲者なんやー」
「曲者ってー」
「俺とは違うって事や」
「違うって、どういう風に」
「俺はりッちゃんだけやけど、高田は違うって事や」
「ええー、真ちゃんかて、心では浮気したいって思ってるやろー」
「俺はそんな事思った事ないでー」
「うそーーっ」
「そう言うりっちゃんはどうなんやー?」
「うちは真ちゃんだけやもん」

と言って、汗ばんだ体をくっつけてきます。

「あんま、引っ付くなゃー、人が見るやろー」
「ええーもん」

ただでさえ女子のほとんど居ない大学です。
すれ違う学生たちが、ちらちらと見ています。

真新しい新築の図書館に到着しました。
時間が遅かったせいもあって、十分に席を確保する事が出来ました。
僕は持ってきた教科書と、試験の資料を広げて眺めていましたが、彼女はどこからか、女性向のファッション誌を見つけて来ました。
普段あまり本など読まないりッちゃんですが、僕が買ってくる文庫本を僕が出かけているときに読んでいるようです。
旅先で僕が電話すると

「あんね、今、宮本武蔵読んでんねん、長いわー」

とか言っている時もありました。

僕が勉強していると、飽きてしまったのか

「なぁなあ、あの人、志村けんに似てへん」
「あれは、学生ちゃう、教務課の人や」

とか

「真ちゃん、お腹空かへん」

と言って邪魔をし、2時間足らずで引き上げる事になりました。

「学食行くか」
「学校の中?」
「そうや」
「学生でなくてもええの?」
「別に何にも書いてへん、食券買うだけやから」

確かに、こんな格好の学生はこの大学ではありえませんが・・・・・

僕はいつものB定食(ミンチカツとコロッケが中心)380円。
りっちゃんはうどん定食(うどんと具の少ないかやくご飯)340円にしました。

「結構美味しいよー、安いのにー」
「うちはまだ高い方や、キンダイの学食はうどん30円やったでー」
「真ちゃん、何で知ってんの?」
「何べんか遊びに行ったからなぁー」
「あ、あの面白い先輩のとこ」

自転車の仲間で、Sさんというとても楽しく、面白い人がいました。
彼女もナンバで一緒に飲んだ事があるのです。

「Sさん、どうしてんのー」
「どうしてんのやろなぁー、東京行ってしもてから全然会うてへんなぁー」

僅かに茶のかほりがする、やかんに入ったお茶を飲み、食器を洗い場に置きに行きました。

「どうするー、真っ直ぐ帰る?、またあの暑い部屋」
「どっか行こう、せっかく真ちゃんの縄張りに来たんやから」
「そやな、そしたら、玉突きしよか」
「玉突き?」
「ビリヤードの事や」

まだ、ビリヤードがブームになる前でしたから、あまり一般的ではなかったけど、学校の目の前にあり、一晩中開いていたので、しょっちゅうそこで夜を明かしたことがありました。

「ほなら、ローテーションでいこか」
「ローテーション?」
「玉が15個あるやろ、小さい数字から順番に、あの白球を当てて、穴に落としていくんや」
「なーんだ、簡単そう」
「これが簡単そうで、なかなかなんやー」

ブレークショットをさせると、いきなり空振り。

「力が入りすぎや」
「ええねん、黙っといてー」

むきになって力いっぱいキューを付きますが、上をかすって、トップボールに届いてコツンというだけ、

「そやから、肘を動かさんと、肘から先だけで打つんや」
「もーう、真ちゃんは黙っといてー」

僕が二・三個続けて入れると

「そら、キャリアが違うもん」

と、負け惜しみ。
まぐれに入ると

「どう、やればできる子なんよ、私は」

と言って、キューを片手にモデル歩きをしてみたり、2時間近く、周りの男どもの視線もものともせずキャーキャー言いながら遊んでいました。

「終電が近いから帰ろう」
「うん、面白かった、またこようねー」

と、最後には、まともに玉も走り、気に入ったようでした。
僕はもうあんまりつれて来たくないなぁーと思いましたが・・・・・・・・・・

駅からの帰り、雨も上がり、雲の間に間にお月さんが顔を出しています。

「明日は晴れそうやなー」
「うん、明日は会社休みやから、またどっか行こうよー」
「俺、明後日試験があるんやでー」
「ええやん、一日くらい」

結局、雨でも晴れでも出かける事になるのです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

by akuma

七夕の夜に・・・・つづき :2008年07月05日22:46

本来、グレオリオ暦の八月八日頃に行われる七夕は、秋の季語でもありますが、
もう最近では、笹に願い事を書くのは、暑い時と相場が決まっているようです。


「さあさあ、短冊に願い事書いて、よーくお願いするのよ」

お母さんの掛け声で、皆、短冊に思う思いのことを書いて、手すりに結わえられた笹に括りつけていきます。

「真ちゃんは何かいたん」
「決まってるやんか、りっちゃんは何て書いたん?」
「内緒・・・」
「なんや、見せてみいやー」
「嫌やー」
「後でこそっと見よー」
「あかんでー、真ちゃんに見られんように、帰りに結ぼうっと」

短冊を袂に隠して、部屋の中に引っ込んでしまいました。


ラウンジに備え付けられたカラオケで散々遊んで、参会となりました。

「またねー、りっちゃん、真ちゃん」

T君の妹のレイちゃんは酔っ払ってご機嫌で、りっちゃんの手をなかなか離そうとしないので、結局、谷九の駅まで付いて来ました。それにつられて同級生の女の子たちも一緒に地下鉄の駅までお見送りです。

「なんかいいよねー、真ちゃんとりっちゃん」
「わたしも真ちゃんみたいな彼氏欲しいなぁー」
「そうそう、真ちゃんやさしそうやもんなぁー」

と口々に他人の彼氏を褒める物だから、当人はまんざらでもありません。
僕も、酔った勢いで、

「ほなら、りっちゃんと別れたら付き合ってくれる~?」
「ええー、そんな事言ってええのー」

と言う言葉が終わらないうちのに、わき腹に痛みが走りました。

「痛ってーっ」

何事もなかったかのようにすましている彼女が、渾身の一発を僕のわき腹に入れてきたのでした。

「ほらほら、そんなこと言うから、織姫さまご機嫌ななめよ~」

と皆で僕たちを囲んで、にこにこと笑っていました。


「ははっ、ほならレイちゃん、みんな、またなぁー、いてて」

と、改札を抜け、ホームに下りて行きました。

「あんな思いっきりどつかんでもええやないかー、まだ痛いわー」
「だって、真ちゃん、鼻の下が1メートル位に伸びてたんやん」
「そんなん、冗談やんかー」
「いいえ、あの水色の浴衣着てた子と、仲良く話してたしー」
「別にふつ~に話してただけや」
「楽しそうやったー」

と言って、また同じところを突いてきます。

「もう、わかったー、僕が悪うございました、他の子と仲良くしませ~ん」
「ほんまにー」
「ほんまや」

人気の少ないホームの壁に彼女を押し付け、唇を合わせました。

「またーっ、そんなんで誤魔化されへんねんからー」

と言う口を塞ぎ、きつく抱きしめていました。
彼女の手が、僕の背中に回ってくるのを感じて、少しほっとしました。


家に辿り付き、ほとんど酔っ払いのりっちゃんを布団の上に転がし、浴衣を脱がせて、僕も汗臭くなった浴衣を脱ぎました。

「どうする、風呂沸かす?」
「うーん、しんどい、あとでー」

と言いながら、眠りかけている彼女の横に短冊がはらりと落ちていました。
短冊の裏には

「今度は元気な赤ちゃんが授かりますように」

と書いてありました。

風呂が沸く間、下着姿のりっちゃんの傍に横たわり、その長い髪を分け、じっと顔を見つめていました。

by akuma

ビーチスタート :2008年07月17日02:04

小さなヨット、ディンギーには競技用以外にも、リゾートを目的としたものがあります。
カタマラン(双胴船)のホビーキャットなどがそうですが、そうしたディンギーは、砂浜から出ることを目的とし、船底が真平らのスコウタイプと呼ばれています。
僕達、大学の同級生が最初に共同購入した、シースパイダーというヤマハのディンギーもそう言う範疇のものでした。

ビーチスタート、つまり砂浜から離岸できると言う事は、夏の海水浴場からも出られるということで、その目的はずいぶんと不純でミーハーな物です。
最初は知り合いの浜茶屋さんを頼って、須磨の海岸に置いていたりしましたが、1人2人では、海まで運ぶ事さえ難しい重量でした。
夏が終わり、秋風が吹くと誰もやってこなくなり、僕は1人寂しく舟を磨く事になったのです。

そんな時、ウインドサーフィンと出会いました。
重量は20kgそこそこ、値段も中古だと安いし何より場所を選びません。
自分達の車を手にした僕達は、毎週のように、秋も冬も海へ行くようになったのです。

「今度の休みは高浜にキャンプやけど、会社は何日まで休めんのー?」
「うちとこはカレンダー通りやけど、あたしは13、14、15は休みや」
「ほなら、1日送れて行こか、お盆の真っ只中やから、12日の晩から出よか」
「うん、そやけど、会社の打ち上げがあるから、帰るの遅いよ」
「夜から出たら何時でも一緒や」

りッちゃんは、地元の某共同組合の金融機関に勤めていたので、季節的な休みがあります。
で、季節毎の行事もキッチリあるので、年末の31日なんかは、帰りが夜半過ぎになったりもしました。その当時の労働基準法では、女子の深夜勤務は違反だったと思うのですが、その組合では当たり前のように、勤務以外の行事がたくさんありました。


きっちり酔っ払いで彼女が帰ってきたのは、もう、10時を回っていました。

「ただいまー」
「遅いわー」
「目いっぱい走ってきたんよー、ああーしんど」
「ほなら、その自転車も積むわ」

欲張りな僕達の車は遊び道具満載です。
屋根にはウインドサーフィン2艇、その上に自転車が二台。
リヤカーゴには、テントやキャンプ用のキッチン用品、大型のクーラーボックスなど、4人乗りの車が二人座るのがやっとです。この1年位オートキャンプが多いため道具が増え放題になっていました。

「おにぎり作っといたから、車で食べよう」
「うん、真ちゃんお茶いれてー」

飲めない彼女に誰が飲ましたのか、ぐにゃぐにゃです。
よく自転車で帰ってきたものだと思いましたが、ゆっくりしているとますます遅くなります。
彼女を車に詰め込み、冷えたお茶の入ったテルモスを渡して、やっと出発です。


夜中の国道も、この時期結構な交通量です。
やはりお盆の帰省客でしょう。家族連れがほとんどです。
すやすやと眠るりっちゃんを横目に、暗い道に目を凝らして、僕は独り、運転に集中していました。
豊中を通り、R173を北上して行きます。今ほどコンビニとかはなく、ファミレスや深夜営業の店もないので、ただただ走りつづけます。
十万キロを超えても、13KPのOHVエンジンは快調です。ヒールアンドトゥを駆使して、ブレーキを大事にして安全に山道をこなし、綾部の手前、川沿いを走っていた時でした。
川の上に無数の光が湧き上がってきました。

蛍です。
無数の光の点が、うねるように流れていました。

「りっちゃん、起きてみ、ほらほら」
「なぁ~に」
「見てみー、蛍や蛍」
「ええーっ」

と言って体を起こした彼女は、しばらくぼんやりと眺めていましたが、

「なんか恐いよ~」

と言って体を寄せてきました。

「怖い事なんかあらへんて、ああやってメスの気を引いて、オス同士戦ってんねんでー」
「なんで戦うん?」
「そら、ちょっとでもええ女をものにするためちゃうんかー」
「へえー、蛍にもええのんと、悪いのあるのー?」
「そらー、あるやろ、数が一緒やったら、争う必要あれへんからなぁー」
「ふーん」

納得したのかどうか分からないまま、また横になってしまいました。

しばらくして、突然

「真ちゃんはええ女捕まえたん?」
「・・・・・・・・・」
「うちはええ女か?」

寝ていたと思ったのに、何を思ったか突然聞いてきました。

「当たり前や、ええ女やなかったら一緒におれへん」
「ええ女、って何~?」
「そら、綺麗で可愛いて、性格のええ女ちゃうの」
「うちの事そんなに思ってへんくせにー」
「思てるてー」
「嘘ばっかりー、時々うちの事、性格悪いやっちー、っていってるやんかー」
「それは、売り言葉に買い言葉や、りッちゃんがぼろくそに言うからや」

怒り出すと見境なくなる彼女でしたから、かなり柄の悪い言葉も発します。
その時はさすがに僕も、それなりの事を言って反撃をしていたのですが、本心なとではなかったのは間違いありません。

「ほなら、うちの事好きか?」
「うん」
「世界一好き?」
「ああ」
「な~んか気のない返事ー」
「運転してるからや、夜道は気ー使うんやで、結構」

僕はちょっと道幅のある側道に車を止め、

車の外に出て、大声で叫びました。

「世界で一番りっちゃんが好きやー」

遠くの山から木霊が返ってきました。

「好きやー、スキヤー、スキヤー」

車に戻って、シートに腰を降ろすと、

「あほ」

と言われましたが、ドアを閉める前にルームランプに浮かんだ顔はニコニコと笑っていました。


(つづく)

by akuma

ビーチスタート(2) :2008年07月19日01:51

若狭高浜のキャンプ地に着いたのは日を越した牛三つ時、既に前日から行っている仲間達もいるのですが、どこにテント張っているのか真っ暗で分かりません。
車の中では暑いので、取り合えず、キャンプ用のベッドと、ボンボンチェアーを出し、タオルケットをかけて仮眠する事にしました。

「海やから少ないけど、蚊が出るから、虫除けスプレーしとこう」

互いの手足にたっぷりとスプレーした後、

「鼻と目を押さえて」

顔にもスプレーします。こうしないと、顔が集中的にやられます。

寝る準備が出来たので、りっちゃんにはジンジャエール、僕は缶ビールを車のクーラーボックスから取り出してきて、

「真ちゃんお疲れさま、カンパーイ」
「はい、かんぱーい」

深夜の真っ暗な海岸で、横に並んで、安らいでいました。

「なんか目が冴えてきた」
「そら、あんだけ寝てたら。。。。俺もまだ頭の中が興奮してるから寝られへんわー」

30センチしか離れていないのに、顔もまともに見えません。
声だけが闇の中から聞こえてきます。
りっちゃんの手は僕のお腹の上に乗せていました。
僕の手はその上からかぶさって、指と指の間に指を絡ませ、親指で手の平をなぞります。

「あんなー、同期のユミちゃんが結婚すんねん」
「ああー、あの色っぽいおねーちゃんか」
「うん、あの子化粧濃いけど、色っぽいって言うんかなぁー、で、来月結婚すんねんてー」
「えらい急やんかー、出来たんかー」
「そや、3ヶ月やてー、ことしいっぱいで辞めるって言うんやけど、育児休暇取ったら、また帰ってくる、って言うねん」
「何でー」
「彼氏は同い年で、まだ今年就職したばっかりやねんてー、そやから、やってかれへんから、また働くんやてー」
「ふ~ん、2人でおったら何とかなりそうなもんやと思うけどなぁー」

まともに働いてもいない僕が、よくも偉そうな事言えたものだと、自分でも思いましたが、彼女はその事については何も言いませんでした。

会話が途切れ、波の音だけが聞こえてきます。
時計を見ると、午前3時を指していました。

「もう寝よか」
「うん」

暗闇の中、見当で顔を近づけ、唇を合わせた後、本気で眠る姿勢になりました。
それでも、しばらくの間眠れず、
『それでも明日はやってくる』
『明日は明日の風が吹く』
そんな言葉ばかり浮かんで消えて行きました。


翌朝早く、仲間のテントを発見し、ボンボンチェアーとベッドを持って、そちらに移動し、朝食の準備を始めました。
焼肉の匂いのついた網をどけて、炭を熾し直し、超大型フライパン(45cm)に卵十個分の溶き卵と刻んだハムと茹でた玉ねぎのスライス、パセリなどを加えて、オムレツを焼きます。
しっかりとかき回しながら、火が満遍なく通るようにフライパンを動かします。
この大きさでは、巻く事は難しいので、前後左右から寄せていき、山になったところで、ころころと転がします。上から粉チーズを振って巨大オムレツの出来上がりです。

「おおー、ええ匂いしてるやんけー、何時頃来たんやー」
「2時位かなぁー」

T君がテントの中から出てきました。

「りっちゃんおはよう、相変わらずキレイやねー」
「そんなまじまじ見んといてー、まだ素っぴんやねんからー」
「素っぴんでも十分や」
「嫌やわー」

とまんざらでもないくせに、下を向いています。

「りっちゃん、りっちゃん」

そばのテントの中から、彼の妹レイちゃんの声が聞こえました。
それと、聞き覚えのない女の子の笑い声と。。。
りっちゃんは呼ばれるまま、そのテントに入っていきました。

「フィアンセの彼女か?」
「そうや、今日は三人や」
「他の連中は?」
「根岸さんのボート屋さんで寝てるわ、縁台が気持ちええ、ってそのまま寝てしもた」
「後で起こしてこよ」

フォールディングテーブルを広げ、オムレツを皿に分けて、フランスパンを切ります。
パンを少し炙ろうと新しい網の上に並べていると

「いやー、ほんまー」

とりっちゃんの大きな嬌声が聞こえてきました。
そのテントに向かって、

「りっちゃん、オレンジジュース取ってきてや」
「ええーっ、今忙しいから、後でー」
「何が急がしいんやー」

テントの中で、

「ええのー」
「ええねんええねん、ほっとったら、勝手にやるから心配せんでええねんでー」
「そやそや、真ちゃんやさしいから、大丈夫やでー」

と僕に聞こえるようにレイちゃんも合わせています。

「ほなら、パンが焦げんように見といてやー」
「は~い」

三人の声がハモりながら聞こえて来ました。
『大丈夫かいなー』

車に戻り、飲み物を抱えて帰ってくると、案の定、パンは真っ黒けでした

「パン焦げてるでー」

それを聞いた三人もぞろぞろと出てきて、

「あちゃー、真っ黒焦げやー」
「食べられへんなぁー」

りっちゃんとレイちゃんが言うのを聞きながら

「大丈夫よー、ほらこうすれば」

と言って、T君の彼女は、傍にあったバターナイフで、パンの表面をこすり始めました。
すると、みるみる焦げが落ちて小麦色のパンになりました。

「へえー、よう知ってるねー」
「喫茶店でバイトしてた頃、よくやりましたから、始めまして、リカです」
「あ、こちらこそ始めまして、りつこのだんなですー」
「でも、りっちゃん幸せね、料理上手な彼で」
「いやー、普段はしませんからねー、外へ出た時は、僕の領分ですからー」
「Tは、食べるだけで、何にもしないんですよー」

それを聞いたT君は

「何を言うてんねん、夕べは一生懸命、肉焼いたやろー」
「ほかは?」
「はははー」

ま、男の甲斐性は料理上手なことではないですからね。

(つづく)

by akuma

ビーチスタート(3) :2008年07月19日22:37

日本海側の夏は、昼過ぎまでべた凪の事が多く、夕方近くになって海風が出てくることが多いようです。

せっかく持ってきたウインドサーフィンも全くのべた凪では、何の用も足しません。
僕とりっちゃん、T君とその彼女4人で自転車に乗ってポタリング(自転車での散歩)に出かけることにしました。

若狭湾の中にも、いつくかの小さい湾があり、その中に三方五湖と言う湖があります。
若狭高浜から30km足らず、ちょうど良い距離にあります。
僕にとってはポタリング、散歩程度の距離ですが、後の三人にとっては、かなりの冒険だったようです。
車が横をビュンビュンと通り過ぎる国道を、炎天下の中を走るのは、一種の苦行でもあるでしょう。
それも、スピードが上がればそうでもないのですが、走りなれない足では回転が上がりません。

「ちょっと休もうよ、真ちゃ~ん」
「そや、暑ーうてやってられんわ」

りっちゃんとT君は口々に、文句を言います。
りかちゃんはそれでも頑張って僕の後ろについて来ていましたが、かなりグロッキーな様子です。

「ほな、十分休憩しよかー」
「お前なぁー、練習と違うんやから」
「止まってる時間が長いと足が動かんようになるでー」

松の木陰で休憩していましたが、りかちゃんの様子が変です。
目がうつろになり、やたらにあくびが出ていました。
『やばい、これは』
と思った僕は、彼女を横にして、ポカリスウェットを飲ませました。

「T君、りかちゃん脱水症状になってる、体冷やして、水を飲まさんとあかんわ」
「えっ、そんなに大変なん?」
「動かさん方がええわ、りかちゃん頑張りすぎたんや、俺は車取りに帰るから、動くなよ」

僕は、真昼間の国道をひた走り、キャンプ地に戻りました。
僕自身も暑さに参っていましたが、りかちゃんの様子はかなり危険でした。
ペットポトルを片手に車を飛ばし、彼女らのいる場所まで戻りました。

「小浜の根岸ボートで104して、近くの病院を教えて貰って、りっちゃん!」
「はい、」

携帯電話もない時代です。地元の人に聞いて、盆休みでも見てもらえる病院に電話しました。
小さな診療所ですが、すぐに見て貰うことが出来ました。

「まぁ、そう心配はないでしょう、しばらく休んでいたら、大丈夫だと思うよ」

年老いた院長は、ニコニコしながら、自ら点滴を打ってくれました。

「この暑いのに外をうろうろせんでも、海に入っとりやええのにー」

それはそうなんですが・・・・・・・

T君を残し、僕とりっちゃんはキャンプ地に帰ってきました。

「真ちゃんのせいやでー、りかちゃん」
「俺ー?」
「そやー、自分はええかも知れへんけど、普通の人はしんどいねんでー」

『俺は普通の人違うんかー』、とは思いましたが、

「うーん、りっちゃんと違うて、りかちゃん真面目そうやから、頑張りすぎたんやなぁー」
「うちは真面目やないんかいなー!」

と言って、すごい形相になって蹴りを入れてきます。

「りかちゃんはええなぁー、やさしい人がそばに付いてて」
「俺はやさしないんかー」
「真ちゃんは気分屋やー、ええ時はええけど、自分のしたい事してる時は、うちの事なんかほったらかしやんかー」

『うーん、痛いところを突いて来ます、普段は見せない懐刀をこんな時に・・・・』

「りっちゃんが、ええでー、待ってるよー、っていつも言ってるやないかー」
「ほんまに人の気持ちのわからへん奴や、真ちゃんはー」

分かってはいたのです。ただ僕は、りっちゃんのやさしさに甘えていただけなのは、十分に分かっていたのです。


昼の流しそうめんは終わっていて、大量の伸びたそうめんが待っていました。
僕達は生ぬるいそうめんで昼を済ませ、ボート屋さんの軒下で昼寝をしていました。

「ごめんねー、心配かけてー」

りかちゃんが病院から戻ってきました。
顔色も良くなり、ニコニコしながら僕たちの横に立っていました。

「もうええのー」
「大丈夫やったー?」
「もう大丈夫」
「そうかー、良かったー。お昼は?食べたー」
「うん、T君と一緒にお蕎麦屋さんに行ったの」
「ごめんなぁー、僕が気いつけていればよかったんやけどー」
「ううん、私のほうこそ、ごめんなさいねー」
「まあー、元気になってよかったねー」
「皆でカキ氷食べよー」
「そやなぁー、そうしようかー」
「俺は泡の出るやつの方がええなぁー」
「俺も」
「あんたらはそうしとき、うちとりかちゃんは氷の方がええ~、なあ」
「あたしも泡の出るやつがいいかも」
「ええー、りかちゃんもこいつらの仲間かいなぁー」
「はははーっ、氷に泡の出るやつかけたらええやないかー」

北西の海にでっかい太陽が沈もうとしていました。

(つづく)

by akuma

ビーチスタート(4) :2008年07月20日22:45

ボート屋のばあちゃんから、でっかい冬瓜を貰ったので、夕食には冬瓜のスープを作
る事にしました。
焼こうと思って持ってきた鶏もも肉を切り、大きめのコッヘルでシイタケニンジンと炒めて、後は小さく切った冬瓜を入れてじっくりと煮込むだけです。味付けは塩、酒、中華スープの素、最後に水で溶いた片栗粉を少々、お好み焼き用に持ってきた干しえびを入れたら完成です。

もう1つは、45cmフライパンを使って鉄板焼き、お好み焼きです。
もも肉を焼いてる横で、お好み焼きを焼きます。
鶏の油がお好み焼きに染み付いて、底がカリッと焼けます。
小さいのなら同時に3枚ほど焼けますから、思い思いに焼いて貰って、取り分けていきます。
最後に焼きそば。
大量の豚肉とキャベツを放り込み、じゃんじゃんと炒めていきます。
少し、しなっとなったら5玉の中華そばを入れ、中華スープの素をと水を加えて蓋をします。
この蓋、本来は田舎にあったお釜の蓋だった分厚いものですから、しっかりと中の物を蒸してくれる圧力鍋のような効果があります。沸騰して水分が飛び始めたら、重い蓋を取り、3人がかりで混ぜます。
僕とT君がこてと箸で混ぜ、りっちゃんはフライパンがひっくり返らないように、柄を持っている係りです。
完全に混ざり、水分が飛んだら、一旦調理終了です。
半分をボールに取り、残りに塩と胡椒で味付けをし、最後に醤油を回しいれて再びかき混ぜます。
塩焼きそばの完成です。
これが食べ終わったら、ボールに置いといた残りの焼きそばを放り込み、今度はソースで味付けします。最初はウスターソース、水気がなくなったら、特製どろソース(お好み焼き屋のおばちゃんに貰った)を掛けて、再び3人がかりで混ぜます。

すべての調理が終わった頃には、僕とT君は汗だくになって、上半身汗だらけでした。

「あつぅ~」
「ご苦労さん、はい」

と渡されたビールを一気飲みし、焼きそばを口に放り込みます。
T君も、ビール片手に焼きそばをほおばって、

「うめー、外で食べる焼きそばって、なんでこんなに美味いんやろかー」
「そりゃーりかちゃんとりッちゃんが可愛いからやんかー」
「ええー、何でー、可愛ないとは言わんけど」
「可愛い子に美味しいもん食べさせよう、って頑張るのが男やんかー」
「なあなあ、そしたら、うちらが、ぶちゃいくーで、性格悪るー、の女やったら?」
「そら、センブリまぜとくわ、少なくとも健康にはええやろ」
「まあ、それ以前にここにはおらんやろ」
「確かに」

それを聞いてた妹のレイちゃんが

「あたしにも一生懸命してくれる男おれへんかなぁー」

と言うのを聞いた、他の男連中が

「レイちゃんのためやったら、何でもするでー」
「俺もー」

と言うのを聞いたT君

「そんな事言うたら、どんな無理難題押し付けられるかわからへんぞー、自慢やないけど、うちの妹はたいがいわがままなんやから」
「兄ちゃんは黙っときー」
「へえへえ」

レイちゃんは小柄ですが、昔の秋吉久美子に似た別嬪さんで、小悪魔タイプの女の子です。
何不自由のない家庭で育って、わがままというより、賞味素直な性格で、思ったことをずばずばと言う、と言うのでしょうか、男からも女の子からも好かれていました。

「そんなにレイコにご奉仕したいんやったらー、かき氷のレインボー」
「えっ、レイちゃん昼間も食べとったやない」
「ええねん、あたしはかき氷が食べたいのー」
「ほなら、ボート屋さん行こうかー」
「真ちゃん達はー」

僕とりっちゃん、T君とりかちゃんは残る事にしたので、ご飯を食べ終えた、レイちゃんと三人の男共は、賑やかに、夜も営業している浜茶屋へと向かいました。

三人の男の子は、レイちゃんの同級生で、本来は別のグループで海へ来るはずが、女の子2人がドタキャンしたため、僕たちに合流する事になったのです。

急に静かになった火の周りで、T君が話しはじめました。

「来年から、リカもうちの家に住むやろー、お袋だけでも色々気ー使うのに、レイコは見ての通り、あんなパッパラパーやから、あんな小姑で大丈夫やろかー、って心配してたんやー」
「ううん、レイちゃんはいい子よー、おねーさんおねーさん、ってすぐに打ち解けたし、ちっとも気を遣わすようなことはなかった」

リカちゃんはりっちゃんと同じ年で、レイちゃんと二つしか違いませんが、大人しいリカちゃんの方が、2人より、かなり年上に感じられます。
へたすると、リカちゃんの方がオネーさんに見えなくもない位です。

「リカちゃんしっかりしてそうやもんなぁー、誰かと違うてー」

間髪を入れず、りっちゃんの蹴りが僕の脹脛に入り、砂を巻き上げました。

「ぺっ、ぺっ、何すんねん、砂が顔に掛かったやろー」

それには何も答えずに

「リカちゃん。リカちゃん大人しそうやから、黙っとったらあかんでー、お義母さんにも、レイちゃんにも、思うた事は何でも言いやー、それの方が後々のためになると思うんよー」
「うん、りっちゃんやレイちゃんみたいには行かへんかも知れへんけど、頑張ってみるわ」
「ううん、頑張らんでもええと思うんよ、リカちゃんはリカちゃんのまま、普段通りで、本当のお母さんにするようにしたらええと思うねん、なぁ、Tさん」
「うん、りッちゃんはなかなかええ事言うわ、いわば、平常心やな」
「ヘイジョウシン?」
「りっちゃんに難しい漢語は通じひんでー」
「真ちゃんは黙っといてー、人が真面目に話ししてるんやからー」
「はいはい」

「平たい、常の心、普段通りの心って事やなぁー」
「ふーん、そっかー、平常心かー」

いつになく真面目に話していて、何か思うことがあったのか、それからのりっちゃんは無口でしたが、普段良く似たテンションのレイちゃんが帰ってきて、

「りっちゃーん、リカさーん、花火しよー、いっぱい買ってきたからー。。。。根岸のおばーちゃん、もうお終いやから言うて、全部貰ってきてん」
「うっわー、すごい数や」
「なあなあ、早くやろーよ」

8人がかりで、約2時間、硝煙の匂いで、みんな気分が悪くなりました。

(つづく)

by akuma

ビーチスタート(5) :2008年07月21日20:09


翌日、りっちゃんはもう1日休みが会ったのですが

「休みの最終日ぎりぎりまで遊んでいると、家の事が出来けへん」

という事で、T君たち一行と夜には大阪を目指すことにし、今日一日はたっぷりと海で遊ぶことにしました。

せっかく持ってきたウインドサーファー、僕もりっちゃんもさほど上手くはないのですが、2組に分かれて、それぞれが臨時コーチとなりました。

僕は、T君とりかちゃん。りっちゃんは少し経験のあるレイちゃんとそのご一行です。

リカちゃんは背はりっちゃんとさほど変わりませんが、そのダイナマイトなボディがピンクのビキニからはちきれそうでした。

少し離れた所では、りっちゃんがいつものオレンジの蛍光色のビキニで、海に浮かんだセールを引き上げていました。
軽々とセールを持ち上げて、スイーッと走り、男の子達の視線をくぎ付けにしていました。

「あーん、りっちゃん格好ええなぁー」
「レイちゃんもこれくらいやったらすぐに上手になるわー、真ちゃんもうちも今年から始めたんやでー」
「次あたしなー」

と順番を待つ男の子を押しのけ、ボードに飛びついていました。

一方僕のボードでは、T君はバランス感覚が抜群で、すぐにコツを掴んで、十数メートルを真っ直ぐに走る事が出来ました。
なかなかボードに立ち上がり、セールを引き上げられないリカちゃん、T君に押さえて貰ってやっとセールを引き上げるのですが、バランスを崩して、セールごと海の中へ。。。。

でも、朝から少ーしだけ海風が吹き、曇りがちだったのも丁度良かったのでしょう。
昼ころまでには全員、何とかセールを握ってボードに立つ事が出来るようになりました。

昼になると風が強くなり、初めての人には扱えなくなってきました。
みんなが岡に上がった所で、僕とりっちゃんは丁度手頃な風に向かって、2人で沖へ上って行きました。
まだ、ジャイブが下手な2人ですが、タックはりっちゃんも難なくこなすので、タッキングを繰り返してどんどんと沖へ出て行きました。
僕がタッキングしたら、りッちゃんもタッキングして同じ方向に。
りっちゃんがタッキングしたら、僕が並んでタッキングする。

いつの間にか、浜の人々が小さな点にしか見えません。

「帰ろか」
「うん」

アビームから下り気味ななると、どんどんスピードが出てきます。
プレーニングで波の上を跳ねながら、りっちゃんがなにか言いました。

「・・・・・・・・・・・・・・・・やー」
「何ー」

少し近づいて、もう一度

「真ちゃんが傍におったら安心やー」

僕は聞こえないふりをして、

「聞こえへーん」

と言い、首を振っていましたが、りっちゃんは浜に帰るまで、ニコニコと気持ちよさそうに、髪をなびかせていました。


午後から全く太陽が見えなくなって、いつ降り出しても可笑しくない状況だったので、早めに片付け、ボートやさんに避難する事にしました。
ばたばたと片付けていると、海の向こううで、ピカッ、と光り、だいぶ経ってからゴロゴロと響いてきました。

「近づいてくるでー、とりあえず、濡れんうちに車に放り込んで行こう」


すべての荷物を積み込んだ頃から、パラパラと降り始め、ボート屋さんに集合した頃には、土砂降りになっていました。

「ひゃー、びしょびしょになったわ」

と言いながら、レイちゃん達も来ました。
目の前の小島に閃光が落ちたと思った途端、

「どっかーん、ばりばりっー」

とキョーレツな雷が落ちました。
雨は強さをまし、ボート屋のトタンの屋根に叩きつける雨の音で、話す声さえも聞こえないくらいです。

「夕立?」
「いや、寒冷前線の通過やな、涼しくなるわ」
「寒冷前線?」
「夏の終わりや」
「終わり?」
「すぐに涼しくなるって言うわけじゃないけど、これを繰り返しながら、北の空気が、南に下ってくるんや」

ボート屋さんで、皆あんみつを食べ、帰り支度を始め、根岸の皆さんに挨拶していました。
ばーちゃんは

「また、おいでなや、待っとるでな」
「おばーちゃん、うち、また来年も来るから、元気にしててや」

りっちゃんがおばーちゃんに抱きついていました。
ばーちゃんは「うんうん」と言いながら、背中をさすっていました。

「ほな、元気で、また来年来ますよってに」
「さよならー」
「さよなら。。。」
「さよなら・・」

それぞれ挨拶を交わして、車に乗り込みました。
もう雨も小降りになって、向こうの方から光が差してきていました。

3台の車で、大阪へ向けて、ゆっくりと走っています。
先頭にレイちゃんの同級生の子が運転するトレノ、次にT君のBMW、僕達の車の順に、ぴったりと寄り添うように走って行きました。

信号で止まった時に、先頭の車からレイちゃんが降りてきて、前のりかちゃんに窓越しに何かを渡していました。次に僕たちの車に来て、

「お菓子」

と言ってそのまま乗り込んで来て、

「ユージ、あたしこのままこの車にしばらく厄介になるから」

ちょっと間が空いて

『リーカイッ』

と言うこもった声が聞こえてきました。
トランシーバーです。
おもちゃみたいな物でしたが、この近距離だったら十分に聞こえます。

「レイちゃん、何か嫌な事あったんかー」
「ちゃうちゃう、りっちゃんと喋りに来ただけやー、邪魔やったー、真ちゃん」
「いや、全然かまへんけどー、三人もええ男がおんのにー」
「あかんよー、まだ子供やもんあの子らー」

同級生だと言うのに、ずいぶんと上から見ているものです。

「りっちゃん、あたし、今度な、ウェディングドレスのモデルになんねん、お母ちゃんの知り合いのデザイナーさんとこの」
「ええーっすごいやんか」
「でな、お母ちゃんが、りっちゃんも誘といてー、言うて」
「ええよー、見に行っても」
「ちゃうちゃう、りっちゃんもモデルさんなんねんやん」
「えーっ、うちがー?」
「そや」
「りかさんはー」
「りかさんはもうすぐ本物着るし、おっぱいが大きすぎて色っぽ過ぎるー、言うてお母ちゃんが、りっちゃんやったらシュッとしてはるし、ぴったしやー言うて」
「ええーっ、うちでええのん?」
「ええどころやないよー、このあたしが行くねんでー、りっちゃんがあかんわけないやん」
「ええやん、行ったらー」
「まだ、先やから、日にちだけ空けといて、日曜やから大丈夫やろー」

はっきりとは返事はしなかったものの、そう言うことになったようでした。

日が傾き、大阪に近づいていました。

「レイちゃん、もう7時前や、どっかで晩飯せなあかんやろ、前に言うといて」
「はいはい、ユージ、もう7時なんで、どっか晩御飯食べられる所で、停車して下さい、どうぞー」

「了解、レイちゃん、何がええ? どうぞー」
「何でもええよー、車が停められて、何でも有りそうなとこやー、どうぞ」
「さと、で良いでしょうか?どうぞ」
「はい、良いですよ」
「了解っ」

「なっ、ご飯食べるのでもいちいち聞かなあかんやろー、そんなんいちいち聞かんでも分かると思えへん?」

僕もたいして変わらへんなぁー、とは思いましたが、

「それも経験ちゃうかー、学校では教えてくれへんからなぁー」

彼らは、阪大に通ってるゆーじ、を筆頭に、関西の有名大学に通う、所謂、ええとこの子、でした。
勉強が出来ても、レイちゃんを満足させられるタイプではなさそうでしたが、レイちゃんに惹かれるのも良く分かります。


そのころ、あちこちに出来始めたファミリーレストラン「さと」に入って晩飯を食べる事になりました。

「りか、あと運転してくれるやろー」
「ええよ」
「えっ、りかちゃん運転出来んの?」

おっとりしているように見えるリカちゃんが運転免許を取って、実際に運転もすると言う事を聞いて、りッちゃんもビックリしています。

「普段も結構運転するのよ、結構、田舎やもん」
「うちも回りは田んぼやけど、自転車やー」


豊中を過ぎ、外環に入ったところで、皆の車と別れました。

「りかちゃんもレイちゃんもお金持ちの子なんやねー」
「そらそうやけどー、それがどうかしたんかー」
「うらやましい、って事やないんやけど、りかちゃんもレイちゃんもTさんもええ人ばっかりやけど、世の中なんか不公平やなぁー、ってちょっとだけ思う」

それは確かにそうですが、それは言ってはいけない事のように僕は思っていました。
生まれ育った環境による事もありますが、それをどうこう言ってたら、何も希望が持てません。

「今からや。T君の親父さんも無一文から商売始めたんや、T君はたまたま二代目に生まれた、でも果たしてそれが幸せかどうかわからへんやろー」
「りかちゃんはきっと幸せや」
「それは外からはわからへん、僕らの知らんところで苦労があるかもしれんやろ?りつこ、お前、俺と居ったら幸せになれへん、って言いたいんかー?」
「ちがうちがう、そんな事思てへん、真ちゃんが傍に居ってくれたらうちはええねん」

僕自身も、世の中は公平ではない、とは思っていましたが、決して不幸だとは思いませんでした。
設備の整ったヨットハーバーから船を出そうが、ビーチスタートで船を出そうが、海へ出たら同じです。
己が裁量と技術で、大海を渡っていくのです。


僕達は、1つの船に乗り、今まさに砂浜から離岸しようとしていたのかも知れません。
明日の食料、ライフジャケットも積まずに。。。。。

ビーチスタート(完)

by akuma


浴衣と花火 :2008年08月03日00:49


今日は土曜日、夕方JRに乗ると、浴衣の女の子がたんさん乗っていました。
2人で浴衣のカップルも居ました、今夜は神戸港で花火なんですね。
夏、花火と浴衣。良く合います。27年前の事を思い出しました。

神戸の花火も盛大ですが、PLの花火と言えば、その数、規模と言い、ダントツに華やかです。
その年結婚したY君が富田林に新居を構えたので、

「花火見にこいよ、りっちゃんと2人で」

との誘いを受けて、浴衣姿で、出かけることにしました。
Y君の家は田圃のど真ん中なので、混むと分かってはいましたが、

「こんな暑い中、浴衣で歩くのしんどい~」

と彼女が拒むので、車で出かけることになりました。

「ほなら、早う出な混むでー」
「分かってるけどー、帯が上手い事いかへんねん」
「俺が締めたる、かしてみい」
「嫌やー、真ちゃんきゅうきゅうに締めるからー」

ああだこうだ言ってるうちに、車に乗り込んだ頃には暗くなり始めていました。
八尾を過ぎる頃までは順調に流れていましたが、藤井寺に入った途端、ピタッと止まったまま動かなくなりました。

「ほら、言うたやろ、電車やったらもうそろそろ着いとった頃やー」
「そやかて、暑かってんもん」
「ああー、ほんまに動かへんなぁー」
「そんな焦ってもしょうがないやん、真ちゃんお茶飲む?」

暑い家に居て、扇風機に当たっているよりも、エアコンの効いた車に乗っている方が快適なのです。

「PLってあの清原君のおる高校やろ、何で花火大会とかするの?」
「高校ちゃうて、PL教団や、パーフェクトリバティや、お金持ちの宗教や」
「ふーん、何で花火なんやろねー」
「さぁー、何でやろ。。。。でもみんなが喜ぶから、ええんちゃうのー」
「そうやねー。。。。あっ今光った」

じりじりとは動いてはいましたが、まだまだ距離がありました。
遠くの方から、どおん、どおん、と打ち上げ花火の音が聞こえてきます。

「きれーなぁー」

とのんびりした調子で言いますが、こっちは、クラッチを入れたり、止まったり、ちっともじっとしては居られません。

「お前はええよなぁー、涼しげな顔して車のってるだけやからー」
「お前って言うなー言ってるやろー、りっちゃんやろー」
「わかったよ、りつこ姫」
「まぁええわ、それやったらー」

音と光が間近になって、ようやY君の家近くまで来たので、脇道にそれ、田圃の真中を走りました。
田圃の真中に、4階建てのマンションにポツンッと建っていました。

「遅かったなぁー、もうすぐ終わりやでー、まぁ入れやー。。。りっちゃんいらっしゃい」
「こんばんわー」

奥から新妻のゆかりさんも出てきて

「akumaさん久しぶり、こちらがりっちゃん?。。。。。始めまして、こんな田舎の遠くまでご苦労さま。」
「こんばんわ、始めまして、およばれにやって来ましたー」

Y君の奥さんはもともと地元の人で、実家も近くにあるそうなのです。

「もう終わっちゃうわよー」

ベランダに出て、間近に上がる花火を見ていましたが、しばらくすると静かになってしまいました。

「残念やったねー、せっかく来て貰うたのに」
「ううん、車の中から結構見えましたよ」
「ま、簡単なものしかないけど、食べてってや」

ゆかりさんはY君と同い年、地元の幼稚園に勤めていましたが、たまたま仕事でその幼稚園に行っていたY君と知り合う事になったのだそうです。料理も上手、そのしぐさが大人っぽい色気のある美人です。
次から次に出て来る料理に

「おいしい~、ゆかりさん料理上手~」

とか、

「これ、どうやって作るの~、後で教えてくださ~い」

と、何時になく素直に感動していました。
Y君が

「この人、朝から準備してたんやでー、そう言うてもうたら、本望やなぁー」
「それは言わないってのがやさしさってものよー」

とじゃれ合っているのは、新婚さんのご愛嬌です。


ワンゲルに居たY君、僕は自転車部ですが、白馬へ縦走に行ったり、奈良の大台ケ原に自転車で上ったり、お互いの専門を超えて、あちこちに行きました。
彼が就職してからは、ほとんど一緒に出かけることは有りませんでしたが、一緒に居て、全く気をつかう事もない稀有な存在でした。

「また、行きたいな」
「ああ、今度は4人で行こか」
「そやな、とりあえず上高地やな」
「うちも、行きたい行きたい、真ちゃん独りであっちこっち行くんやもん、うちが邪魔みたいやー」
「こいつは昔から一人旅が好きやねん、りっちゃんがどうとか言うんやないねんでー」
「そや、Yぐらいやで、一緒に行くのは」
「ええーっ、男同士でー、なんかー」
「ほんま、ふたり怪しい関係ちゃうのー」

とゆかりさんまで、変な顔して見ます。

「ほんまにそうやったらどうするー?」
「美少年やったら許すけどー、akumaさんとY君じゃあ、ごっつ過ぎるわー」
「ゆかりさん、まだY君って呼んでるのー」
「う~ん、癖になってー」
「お母さんになったら変わるやろ」
「お母さんて、えっ、出来たんか?」
「ああー、来年の2月位らしい」
「全然別れへんかったー、ゆかりさんスタイルいいもん」
「そやけど、ちょっと計算合わへんちゃうの」
「そうなの、つい最近まで気が付かなかったのよー」

この話題はりっちゃんにはちょっと辛いかなっと思いましたが、本人はにこにこと聞
いていましたので、まずは安心。

「なら、山行きは当分お預けやな、また、男同士で行こかー」
「まぁ、なんかいやらしい~」
「はははーっー」


帰り際に、ゆかりさんが

「はい、これお土産」

といって小さな袋をくれました。

「2人でやってね」
「ありがとう、何やろ」
「帰ってから開けて」
「はい、わかりました、今日はほんとにごちそう様でした。またお料理習いに来ても
いい?」
「りっちゃんならいつでも結構よ、来て来て、暇やから」
「はい」


深夜の道は嘘のように空いていました。
30分ほどで帰り着き、車を降りる時に、袋の中身を覗いていたりっちゃんが

「これ、何?」

と見せるので見てみると、藁のような物が二本入っていました。

「これ、線香花火やー」
「これが?」
「何で二本だけ何やろー」

せっかく浴衣も着ているので、深夜にも係わらず、早速、火をつけてみる事にしまし
た。

細い藁の先に塗られた火薬、その先に火を付けると、、最初、チリッ、チリッ、と小
さな火花が出てきましたが、それから今までに見たことのない火花が出てきました。

「すごい~、綺麗ねー」

一本の線香花火で長~い間楽しめました。

「もう一本有るけど、今度はりっちゃん持ってて」
「うん」


真っ暗なアスファルトの道路の上で、小さく光った玉が、大きな火花を散らし、彼女
の顔を明るく照らします。
髪を束ねた横顔が、闇の中に浮かんで、やがて静かに、暗く、闇に消えていきまし
た。

by akuma

出会い :2008年08月19日01:52

その人に会ったのは、友人の結婚式でした。
ただ、その時は喋る事も無く、遠く離れた場所で特に意識もしていなかったのですが、
次に会った、大山にキャンプに行った時、僕はこの人に会うために生きてきたのだと思いました。

クラブチームのキャンプは毎回盛況で、この時も4台の車に、15人の人を詰め込み、15台の自転車を乗せて大山のキャンプ場に向かいました。
僕も親父のクラウンを借りて、ルーフキャリアをダブルで付けて、5台の自転車と四人の人間を積んで、参加しました。

夜、7時出発、到着は9時を過ぎますが、そこからテントを張り、飯の支度をして、深夜まで賑やかに宴会は続きます。
この時も、ほとんど彼女とは話した記憶はありません。

翌朝、朝食の支度をするために、僕は独りで起き出して、火をおこし、パンを焼き、オムレツを作る準備をしていました。

「手伝いましょうか?」

と起き出してきた彼女は、背が高く、色の白い、ちょっとモデルのように見えるきつい顔をしていました。

「あっ、じゃあ、レタスを千切って、ビニール袋に入れてくれる?」
「えっ、ビニール袋?」
「そこにあるやろ」
「はあ」

不思議そうに水色のビニール袋を掴んで、レタスを千切ってくれました。

「○△さんの友達?」
「ええ、中学が一緒だったんです」
「こないだの結婚式、来てたよね」
「はい」

それから、しばらく沈黙のままに作業が進みます。

「名前、何ていうの? 僕は○○真一」
「私は、△△りつこです」
「りっちゃんかー」
「はい」
「・・・・・・・・」

また、沈黙のうちに作業が進みます。

「レタスが終わったら、トマトを半分に切って、放り込んでくれる?」
「放り込むんですか?」
「うん」

僕は多くは語らず、彼女は言われるがままに、トマトを切ってビニール袋にに入れていました。

「ほな、ビニール袋、持っといて、マヨネーズ入れるから」
「はい」

僕はマヨネーズのチューブのほぼ半分をそのビニール袋にいれ、

「それをな、もみもみするねん」
「もみもみ?」

片手で、くちゃくちゃしていた彼女に

「もっともっと、激しくー」
「はい」
「もっとー」

僕はたまらず

「ちょっと持ってて」

と言って、そのビニール袋をぐちゃぐちゃにもみしだきました。

「ちょっと、食べてん」

恐る恐るビニール袋の中に手を入れて、レタスの破片を食べた彼女は

「おいし~い」

と感嘆の声を上げました。

「そやろ」

と、僕は何気ない振りをしながら、オムレツを焼いていました。

その日以来、いつも彼女、りッちゃんの事が頭に浮かぶようになったのですが、
硬派を自称していた僕は、特に何をするでもなく、自転車の旅に明け暮れていました。
そんなある日、先日結婚した友達夫婦が、彼女を交えて、食事をすると言う話を聞いて

「真ちゃんも来るか?」
「ええーっ、俺、そんな金ないしなぁー」
「ふつ~の居酒屋やから、3000円もあったらええんやで」
「ほなら行くわ」

その頃のアルバイト、と言って良いのか、設計事務所に、オープンスタディという形で行っていたので、月に「本代」と渡されるアルバイト料は万札一枚という状況でしたから、電車代も浮かすため、大学から自転車を飛ばし、ナンバのとある居酒屋へ向かいました。
既にメンバーは揃っていて、乾杯をするかどうかと言う時でした。
僕は、友達夫婦の傍に空きを見つけ、座りましたが、彼女は真対面の離れた所に居ました。

「乾~杯」

アウトドアーの師匠である友人の音頭で宴会は始まりました。
山の話、海の話、その頃はやり始めたマウンテンバイクの話など、僕にとっては一番のおいしい話ばかり続くのですが、彼女のことばかり気になって仕方ありません。
周りの男が、彼女に話し掛け、彼女がにこにこと受け答えするたびに、胸を締め付けられるようなせつない気持ちになりました。

座が乱れてきて、トイレに立つ人が多くなった時、僕は意を決して、彼女の横に移動して、

「久しぶり、どうしてたん?」
「あっ、○○さん、久しぶりー、元気でしたよー」
「りっちゃんが来るって言うから、僕も来たんやー」
「うそーっ、」
「ほんまや」
「うふふっ」
「じゃあ、再会を期して乾~杯」
「乾~杯」

2人だけで、半分以上無くなったジョッキを、カツンッと鳴らしました。

「うちなー、あんまりお酒強くないねん」
「そうなん? なんかいくらでも飲めそうやんかー、顔色も変わってへんし」
「見た目だけではわからへんやろー」
「そやなぁー」
「○○さんはお酒強そうやねー」
「真ちゃん、でええよー、強いかどうかわからへんけど、酒は何でも好きやなぁー」
「うちはもう、酔っ払いやー」
「ええやん、ほんのり桜色、色っぽいでー」
「色っぽいなんて言われた事あらへんわー」
「いやー、抱きしめたくなるでー」
「いややわー」

僕は本気で言っていましたが、なかなか本当にして貰えません。
その後も、解散の時まで、彼女の傍を離れず、ずっと独り占めしていました。

「それでは、皆さん名残惜しいでしょうが、そろそろお開きとなります」

という友達の言葉と共に、表へ出ました。

僕は表に止めてあったロードレーサーを押しながら駅へと向かいました。

「家、どこなん?」
「喜連瓜破」
「えっ、結構南やんか、電車あるの?」
「まだ、終電までは時間ありますよ」
「家まで送っていこか?」
「自転車で?」
「そや、結構早いんやでー」
「電車には追いつけへんわー」

、とにこにこ笑う姿に、僕は押さえられない物を感じていました。

「それじゃあ、また」

と言う彼女が階段を下りていくのを見送ってすぐに、僕は自転車に跨り、トゥストラップをがっちり締めて、夜の街を走り始めました。

自転車と言っても、競技用にチューンナップされたマシンは、かなりのスピードが出ます。
僕はまるで独りでレースに挑むように走りました。
制限時間は約三十分。
彼女が駅から上がってくるまでに着こうと必死でした。
信号は無視、大通りも車もぶっちぎり、タクシーと競争しながら、ひたすら走りました。


駅の出口、4方向ある出口の聞いていた家の位置から推測して、西北の出口で待っていました。
汗びっしょり、息はぜいぜいでしたが、気持ちを整え、しばらくの間、自転車に跨ったまま、歩道の縁石に足を置いて待っていました。

「お帰り、遅かったね」
「えっ、何してんの」

自転車を放り出して、本当に吃驚したようにポカンとくちを開けている彼女に近寄り、唇を合わせました。

「好きや、ほんまに」

あまりに突然で、抵抗する余裕もなかったのでしょうか、彼女は僕のするがままでした。


その日から、大学まで25kmの道のりを通い、また、喜連瓜破に帰ってくる日々が始まったのです。


by akuma

引越しとパイナップル :2008年08月31日02:14

りっちゃんの家に転がり込むように、一緒に暮らし始めましたが、僕には収入が殆どありませんでした。

そこで、それまで毎日のように行っていた設計事務所を週2位に減らし、他のバイトを始めました。何せ、月に一度、先生が、

「本買えよ」

と渡してくれるのは、万札一枚という有様でしたから。


「隣で建ててんのアパートらしいねんでー」

僕たちが住んでいたアパートは木造二階建て、モルタル塗りの古いアパートでした。
その隣の畑を造成して、またアパートらしき物を建てようとしていました。
やはり二階建てでしたが、鉄骨造、外壁はALC板、所謂、○ーベルハウスって言うやつです。

「ロフトが付いてねんでー、お洒落やろー」
「りっちゃん知らんかも知れんけど、ロフトって熱いねんでー」
「台所もシステムキッチン、ってかいてある」
「あんなもん、天板が一続きになってるだけやないかー」

と僕が一向に取り合わないので、りっちゃんはだんだんご機嫌が悪くなり、そのチラシを丸めて僕にぶつけて来ました。

「真ちゃんはプロかも知れんけど、そんな馬鹿にせんでもえーやろー」
「馬鹿になんかしてへん」
「もうちょっと広くて、綺麗なとこ住みたいやんかー」

確かに、今住んでるアパートは、もともとりっちゃんが1人住まいの部屋です。
少ないとは言え、洋服や靴が、収まりきらずに、はみ出していたりします。

「でも、家賃六万ってたら、おおかた、今の倍やろー」
「うん、ちょっと高すぎるのはわかってるよー」


3月、隣のアパートが完成しました。
2階には4つドアがありましたが、1階はドアが2つしかありませんでした。
一階の半分は大家さんが住む場所だと言う事でした。
ここの大家さんが新しい家に引っ越すのだそうです。

「下、空くよねー、誰が入るんやろー」
「さあー、もう決まってんねんやろー」

この下に住む大家さんの部屋も、僕たちの部屋の倍近い広さがあるはずでした。

「ちょっと聞いてこよ」

と言って、彼女は出て行き、階段を「カンカン」と降りる音がしました。
ちょっと、と言いながら、30分ばかり経って、戻ってきた彼女は、にこにこしながら

「引越しや、お引越し」
「えっ、どこへ?」
「下やんか、大家さんの部屋」
「何でー」
「りっちゃんやったら、綺麗に使うくれるからーって、家賃もほとんど今と変わらへんでええねんてー」
「そっかー、そらええかも」

このアパートでは、みんなに可愛がられているようで、どの人からも、「りっちゃん」と声が掛かります。

「ただし、硬い人やから、真ちゃんは、うちの弟やで、山口から来た、出来の悪い二浪生やからな」
「えっ、何で弟なん?」
「うちのおにーちゃんやったら、とっくに大学卒業してる頃やろー、そんな年で、みっともないやんかー」

なにか、僕はみっともない存在ってことかー、って思いましたが、ここで逆らうと何か言われそうだったので、うんうんと頷いて、

「いつ引っ越すんやー」
「大家さんは来週、やけど、畳とか襖、張り替えてくれるらしいわ、下は、めっちゃ広いでー、2部屋と台所やから」

今で言う、2LDK、ってところでしょうか、まるまる1部屋増えるうえに、台所が広くなります。

「3月の半ばから、九州行くんやけど」
「ええっー、おれへんのー」
「いや、すぐ帰ってくる、一週間くらいや」

ほんとは10日以上を予定してたのですが、その時は言えませんでした。


3月末、朝、南港に着いたフェリーから降りて、家に電話してみました。
誰も出ません、もうそんな時間です。

前日、電話すると

「もう、ぴっかぴかになってんねんからねー、真ちゃんおらんでもー」

と、嫌味を言われましたが、声は弾んでいました。

僕が喜連瓜破に着いた頃には、彼女は出勤した後です。

帰ったのは良いけれど、新しい部屋の鍵がありません。
仕方なく、大家さんの新しい家に行きました。

若いのか年なのか良くわからないお婆さんで、ちょっと足が悪いのか、いつも足を引きずっておられましたが、僕が行くと、顔をほころばせながら、

「姉ちゃんに聞いとるよ、きっと鍵を貰いにくるやろう言うて」

と、真新しい鍵をくれました、鍵も新しい物に換えてくれたようです。

「これ、もって行きなさい」
「はい、ありがとうございます」

と受け取ったのは、パイナップルの缶詰でした。
何故パイナップル?と思いながらも、遠慮なく頂きました。

新しい部屋は、新畳の匂いと混じりながらも、りっちゃんの匂いがしました。
綺麗に片付いて、すっきりとしています。

テーブルの上に置かれた紙に

『真ちゃんおかえり、どうだー、綺麗になっただろー』

と書かれていて、続けて

『冷蔵庫にシュークリームがあるから、食べていいよー』

と書いていました。

自転車から荷物を下ろし、片付けて、一週間分の洗濯をし、自転車のグリスアップをしてから、風呂に入りました。
新しい部屋の風呂は、少し広くて、

『これなら、2人でも入れるかも』

とエッチな事を考えながら、体の汚れを落とし、風呂を上がりました。
すっかり乾いた洗濯物を畳みながら、よく考えたら、僕の荷物は、自転車にほとんど積んで、この部屋はまるっきり、りっちゃんの物だけだと気が付きました。1部屋はがらんと空いたままです。
これは、俺の部屋か?

旅の疲れもあって、ビールを一本飲むと、そのまま寝込んでいました。


「がちゃがちゃ」

という音がして、りっちゃんが帰ってきました。もう外は真っ暗です。
僕は慌てて電気を付け、玄関に向かいました。

「おかえりー」
「あ、真ちゃん、電気付いてなかったから、まだ帰ってへんのやと思った」

その言葉が終わらないうちに、彼女を抱きしめ、口を塞いでいました。

「お腹空いてるやろー、ミンチカツ買ってきたよ」
「うん、飢えてるで、りっちゃんが欲しい」
「何言うてんのー」

と口では言ってても、僕に抱きしめられたまま、僕の胸に顔をくっつけています。
そのまま奥の部屋に行こうとすると、

「違う、こっち」

と、何もない部屋へ向かわされました。
押し入れを開けると、真新しい布団が二組。

「ここは寝室や、真ちゃんとうちの」

そうかー、と思ったら、やもたても堪らず、布団を一組引っ張り出し、彼女を押し倒すように布団に倒れ込みました。
久しぶりに見る彼女の体は、より一層美しく思えました。


「なあ、さっき、大家さんに、パイナップルの缶詰を貰ってん」
「あっ、それ、うちが大家さんに持っていったお礼やんかー、あーあ、戻ってきてしもた」
「姉ちゃんに聞いとる、ってあれくれた」
「ほんま、遠慮のないあほな弟やなぁー」
「そんなん何にも聞いてなかったやんかー」


晩御飯の後、2人でパイナップルの缶詰を開けましたが、2人でも食べきれませんでした。

彼女が風呂に入る後ろから付いて行って、無理やり2人で二度目のお風呂に入りました。2人で湯船に浸かりながら、

「きっとな、おばあちゃんも食べきれへん、と思うて、うちらにくれはったんや、昔の人はほんま始末やなぁー」
「俺も始末や、2人で入ったら、水が少のうて助かるやろ」
「真ちゃんのは、ただのすけべや」

確かに、前に抱いている彼女の膨らみを手の中に入れたままでしたから、反論はできませんでした。


by akuma

おにぎり :2008年09月04日23:51

りッちゃんの自転車は、赤いミキストフレームにフラットハンドル、前には籐の籠、
比較的身長のある彼女にはお似合いのものでした。

ミナミの自転車やでフレームを見つけて、それに合いそうな部品を集めてきました。
ブルックスのサドル、ストロングライトの星型チェンリングとTAのクランク、サン
ツアーのシルバー色のフリーホイール、泥除けもフレームと同色に塗って貰い、ブ
レーキはマファックのライド、リムは先輩の勤めるアラヤ製、タイヤはナショナル。
街乗りとは言え、仕様は本格的なランドナーです。

問題は乗り手。。。。。。。。。。。。。。。。

晴れ渡る夏のような空に、居ても立ってもいられず、自転車で出かける事にしました。
朝炊いたご飯はすべておにぎりにして、朝は近所のコーヒー屋でモーニング。

「今、10時やろ、今からやったら奈良まで行けるでー」
「山はいややー、しんどいもん」
「ほなら大和川沿いに斑鳩、法隆寺あたりは?」
「こないだ行ったやん、しんどかったわー」
「しゃあないなぁー、海に向かって走ろか」

大阪の街は、上町台地を除いて、ほぼ平坦です。
街中を走る分には、自転車ほど軽快な乗り物はありません。
ただ、車の排気ガスと、そのマナーの悪さに閉口します。

自転車にとって、路肩に止まっている車ほど邪魔な物はありません。
前に出ようとするには、道の中央に出て、車をやり過ごさなければいけません。

「りっちゃん、ダッァシュー」
「真ちゃん待ってよー」
「早よう前でな、車に轢かれるでー」

以前、タンデムサイクル(座席が二つある)に乗って大阪の街を走りましたが、皆の注目のまとでした、しかし、りっちゃんは、

「前、見えへんから全然おもろないわー」

と、それっきり乗ろうとはしません。
かといって、1人では何処へも行けないのですが、極度の方向音痴ですから。

とりあえず、住吉さんまでやって来ました。
鳥居さんの前に2台の自転車を絡ませて、チェーンをかけました。
大阪は物騒だから、鍵だけは掛けて置かないといけません。

何も無い休日の住吉大社は閑散ととしています。
玉砂利を踏んで、社の前まで行きました。
『ちゃりーん』
と音をさせて、十円玉と五円を投げました。
手を合わせ、

「りっちゃんが今日1日、怒らないで居てくれますように」

と声をだして言ったら

「真ちゃんが、他の女の人ばかり見るので、ばちが当たりますように」
「何やそれはー」
「真ちゃん、横に綺麗な女の子がいたら、ずっと見てるやん」
「左右を確かめてるだけやんかー」
「左右って言うのは、右も左も見ることや、真ちゃんのは、左左左、時々右、やんかー」

変なところで男の性を責められます。

「一番好きなんは、りっちゃんだけや」
「嘘ばっかりー」
「ほんまやー、それに神さんの前で喧嘩したら、あかんやろー」
「うん、それはそうや」

神さんの前で、てを繋ぎ、一礼をして、下がりました。


「もう昼や、お弁当食べよかー」
「もう?」
「俺、朝飯食べてへんから、腹減ったよ」
「夕べ、遅うまでテレビみてるからや」
「見逃したやつやったから、どうしても見たかったんや」
「おにぎりだけやけど、そこら辺でなんか買うてく?」

その当時、まだコンビニも数少なく、駅前の肉屋で、コロッケを二つ買いました。
駅の反対側にある公園で、芝生に座り、お弁当を広げました。
ふりかけをまぶしたの、海苔を巻いたの、胡麻塩をかけたの、何種類かのおにぎりが並び、僕の好きな壺漬けが添えてありました。

朝、りっちゃんが握ったおにぎりです。

僕の分は大きめ、自分の分は、小さく握って、たぶん量的には半分も無いでしょう。
大小のタッパーに入ったおにぎりをほおばり、アツアツのコロッケを食べました。

「まだ、アツアツやなぁー」
「お肉少ないねー」
「ええやん、家でこんなに上手に出けへんし、外でアツアツが食べれんねんから」
「そやね」
「りっちゃんのおにぎりも美味いでー」
「そうやー、1個1個、愛情、て言いながら握ったんやからー」
「はいはい、心して頂きます」

テルモスに入れた、冷たい麦茶を飲み干して、昼はお終いです。
花見も終わり、閑散とした公園で、日向ぼっこしながら、2人で昼寝しました。

「また寝るのー」
「ええやん、急ぐところもないし」
「うん、まあええかー」

彼女を半身で抱いて、陽が傾き冷えてくるまで、その場で眠ってしまいました。


by akuma


おにぎり(つづき) :2008年09月07日14:52

陽が傾き、肌寒くなって、芝生の上でごろごろしていた僕たちは、起きだして、

「う~、寒いなぁー」
「真ちゃん寝過ぎ、ぐうぐうイビキかいてた」
「眠たかってんもん、ご飯食べたら」
「うち、しばらく居なかったの知らんでしょ」
「ぜんぜんわからんかった」
「トイレ行った帰りにナンパされてんよ~」
「ナンパ、って誰にや」
「犬つれたおじさん」
「なんや、散歩していた人やろ」
「そうやけど、ちょっとかっこええロマンスグレーの紳士」
「ふ~ん」

りっちゃんの言うのには、
『かわいい~』
と寄って行ったら
『お嬢さんどちらから来たの?』
て聞かれたから
『喜連瓜破です』
と言うと、
『随分と遠くから散歩ですねー、おひとりで?』
って聞かれたので、
『自転車で』
と半分だけ正直に答えたんだそうです。
『それはいい、バイクスィクルは、体にもいいし、貴女のような綺麗な方が、颯爽と走る姿は見た目にもさわやかでしょう』
『いいえー、近くをうろうろするだけで、颯爽となんかしていません』
『ロンドンに住まいしていた頃は、朝早くから走っている人を見かけましたよ』
『イギリスにいたんですか?』
『ええ、ずいぶんと前のことですが、貴女の姿と貴女の話を聞いて、思い出してしまいました』
『そうなんですかー』
『立ち話ではなんです、そこに座ってお茶でもいかがですか?』
『えっ、いえ』
と断る間もなく、その初老の紳士は、近くのベンチに歩き始め、やむなく彼女も付いて行ったそうです。

肩に掛けた鞄から、ポットを取り出し、携帯用のカップを二つ出して、紅茶を入れてくれ、
『ミルク、砂糖は?』
仕方なく横に座り
『はい、お砂糖を少し』
と言うと
『プランディを入れると、香りが良くなるので入れましょうか?』
『えっ、ええ』
勧められるままに、紅茶を頂いたそうです。

『おいし~い』
『そうですか、見よう見まねで覚えたことが少しは役に立っているようだ』
『ご自分で煎れられたんですか?』
『ええっ、一人住まいですから』
『奥さまは?』
『7年前になくしました』
『すみません、余計なこと聞いて』
『いいんです、今は一人ですが、今はいませんが、娘も二人おりますから』
『娘さんはどちらに?』
『一人はアメリカで結婚して、下はイギリスにいます。学生ですが』
『すごい、国際的なんですねー』
『いいえ、亡くなった家内がイギリス人だったものですから、娘たちも向こうで生まれましたし』
『そうだったんですかー、わたし、一番遠くて沖縄、それも船だったから、飛行機にも乗ったことないんです。外国に住んでみたいなぁー』
『お嬢さん、お名前は』
『りつこです。りっちゃん、って呼ばれてます。』
『りつこ。うん、いい響きだ』
『そんな事言われたことありません』
『りつこさん、日本て、本当にとてもいいところですよ、いろいろな国に旅もして、住んでもいましたが、日本ほど穏やかな国はありません。近代的な都市にも昔の生活が息づいている。僕はとても誇りに思えるよ』
『そうなんですか?』
『亡くなった家内も、初めは戸惑っていたが、日本はとてもいい国だと言っていた』

それから半時間あまり、話しこんで
『また、お話を聞かせてもらえますかな』
『ええ、わたしこそ』
と、電話番号を交換したんだそうです。

「なんや、新手のナンパやなぁー、そのおっさん、いっつもその手口と違うんかー」
「真ちゃんと違うわー」


りっちゃんは、少し期待して電話を待っていましたが、一度も掛ってこなかったそうです。


次の年、ちょうど同じ頃、まったく知らない若い女の人から電話がありました。

『オミネリツコさんのお宅でしょうか』
『はい、わたしですが』
『○○の娘ですが』
『ああー、○○さん』
『父をご存じですか』
『はい』
『どういうご関係だったんですか?』

りっちゃんは一年前の顛末を話したそうです。
そして、嫌な胸騒ぎがして、聞いたそうです。

『お父様は、御病気ですか?』
『父は亡くなりました。二週間ほど前になりますが』
『えっ、』

娘さんの話によると、家に残ったものを整理していると、電話台の前にあるカレンダーに、毎週のように
『りっちゃんにTEL』
と、日曜日ごとに書かれてあったそうです。
新しい恋人か何かかと思い、連絡したそうです。

きっと、そのおじさんは、りっちゃんに一目惚れしたんでしょう。
電話しようかしまいか迷った挙句、結局、自分からは電話できずに、彼女からの電話を待っていたに違いありません。

その日は日曜日でした。
電話口で、泣き出した彼女は、

「電話すれば良かった、いっぺんでも」

と言って泣きやみません。

もう一度、僕がその人のところへ電話をし、住所を聞いて、二人で出掛けました。

にこやかに笑っている霊前に飾られた写真は、今思うと、今の僕に少し似ていました。


by akuma

真っ赤な・・・・ :2008年09月07日21:28

「うちは足でまとい?」
「はっきり言ってそうや」
「連休1人でおらなあかんの」
「う~ん」

僕は休みを利用して、また、四国へ出かけようと思っていました。
そうなると、予定の無いりっちゃんは、置いてけぼりです。
普段、仕事のあるとき、僕がいないのはいいのですが、皆が休みの時、ひとりぽっち
になるのは嫌だというのです。

「ユミちゃんは?」
「彼氏と旅行」
「誰かおらへんの」
「真ちゃんしかおらへん、おらへんねん!」

普段はやさしいのですが、もうこうなったら手がつけられません。
そこらにある物、何でも投げつけてきて、

「真ちゃんの勝手もん、好きにしたらええやんかー、うちのこと、どうでもええん
やー」
「まてや、あかんあかん、包丁はあかん」
「真ちゃん怪我して、どっこも行かんかったらええねん」

と、文化包丁が飛んできて、畳に突き刺さりました。
僕に当てようとはさすがに思っていなかったようですが、ちょっとその形相と言葉に
圧倒されていました。

しばらく泣き喚いて、落ち着いたのか、静かになりました。

「わかった、ほなら車買おう」
「えっ」
「安い中古車買って、それであちこち行こう」
「ええっー、買えるの?」
「ここは空き地もあるし、大家さんに言うたら、なんとかなるやろ」
「自家用車かー、りっちゃんも免許とろかなぁー」

今泣いたカラスが、超ご機嫌の笑顔になり、

「うふっ、うふっ」

と思い出すように、笑っています。

同級生の自動車屋に勤める友達に、格安の車を紹介して貰いました。

「車検はまるまる1年あるけど、ボディに錆が来てるし、レース用にボアアップして
るし、傷だらけやで、1年たったらおしゃかになるかも、やで、それでもええか?」
「ええねん、走ったら」

という事でやって来た、最終モデルのFR、スターレットは真っ赤なボディでしたが、
そこここに傷があり、ボンネットの前面に錆が出て、膨らんでいました。
13万円と言う格安ですから、文句は言えません。

その友達におまけでつけて貰ったルーフキャリアに自転車を乗っけて、帰って来まし
た。

「ええやん、真っ赤なポルシェ」
「ポルシェ違う、国産のスターレット、ていう車や」
「お目目が似てるからええやん、ポルシェでも」

関心が無いと、何でも同じに見えるのか知らん、同じなのは「赤」と言うだけです。

いつもバイト先の建築模型屋で利用している「いずみや」に行き、黒のつや消しの
カッティングシートを買ってきました。
それをボンネットの前面に貼り付けて、錆が進まないようにしました。

「なんかお洒落じゃないなぁー」

と言うりっちゃん

「まんまレーサーみたいでかっこええやん」
「そうかなぁー」

この車を買ってから、2人の生活は変わりました。
何かというとすぐ車、です。

「なあなあ、今度あそこいってみいへん」

と自分が行きたいところをリクエストしてくるりっちゃん。
それを「はいはい」と言いながら、それに応えてしまう僕。

物が増え、豊かになるのは良い事ですが、少しづつ、無くしてしまったものがあるような気がしました。

by akuma

フリーマーケット :2008年09月20日01:04

「真ちゃん、この本片付けてよー」

僕が読んだ本が、居間の片隅に山と積まれています。
古本屋や本屋で見つけた文庫本がほとんどですが、ハードカバーの立派な本も中にはあります。
りっちゃんもたまーにハーレクインロマンスだの恋愛小説を買ってきたりしてましたから、僕だけのせいではないのですが・・・・

「まだ、読むの?」
「もう何回か読んだからなぁー」
「今度の荒ゴミに出す?」
「いや、古本屋、持って行こか」
「古本屋で買ってきた本、また持っていくの?」
「こんだけの本持ってったら、叩かれるやろなぁー、そや、バザーみたいなんなかった?」
「先月婦人会のバザーが会社の前であったけど、古本なんか出てなかったよ~」

ダンボール箱3つ位は有るでしょうか?
雑誌の類は買いませんが、文庫本は好きで、いつも旅先でも夜になると、ヘッドランプの明かりの中でも読んでました。
ブルーバックスは僕のお気に入りが多く、また、椎名誠さんなんかのエッセイなども旅先ではちょうど良い頭休めでした。

大学の生協のミニコミ誌で、「フリーマーケット」を知りました。
参加費も安く、車で乗り込めるのがちょうど良かったので、電話してみました。
まだまだ空きが有るとのことで、すぐに参加申込して、帰ってから、りっちゃんに話しました。

「今度の休みに、フリーマーケット行こう」
「フリーマーケット?」
「そや、何売ってもええねんて、食べもんは許可がないとあかんらしいけど」
「へえー、何売るのん」
「本や、この本売ってすっきりして、晩飯ええもん食べたらええやん」
「あっ、ええねー、行こう行こう、うち、ほかに何か持っていこうかなぁー」

引出しのガラクタや、一度着て、気に入らなかった洋服を算段しています。

「こんなん売れるかなぁー」

と出してきたのは、バドガールの白いワンピース。
何故りっちゃんがこんな物持っていたかは、後日の話とするとして、靴や、雑貨、出るわ出るわ。。。
やっぱり女の子です。少ないとは言え、いろいろと持っているものです。。。。

「こんな早うから出して、まだ、来週やで」
「ううん、今から要るかどうか考えておくの」
「考える事なんかないやろー、今まで使こうてへんかったんやからー、そのままダンボール直行や」

と言って、傍にあった空のダンボールに入れようとすると

「真ちゃん、待ってよ、うちがするからほっといてー、真ちゃんは自分の本片付けて!」
「はいはい」

僕はしぶしぶ本を詰めていました。
考える事は有りません、ただ揃えて入れていくだけ、10分経たずに終わりました。

「用意、出来たで」
「早い~、何でそんなに早いのー」
「いちいち考えるから遅いんや」

その日、りっちゃんは、散らかしたまま寝る事になりました。


迎えて翌週の土曜日、台風が近づいて来て、朝からかなりの風雨です。

「明日、大丈夫かなぁー」
「まあ、それるみたいやから、大丈夫ちゃうか?」
「せっかく用意したのに、屋根があったら良かったのにー」

開場は、万博公園内の駐車場です。
雨天中止、参加費は帰ってきますが、この日に掛けて毎日のように荷物を入れたり、また出してみたりしていた彼女の労力が無駄になります。

「なぁなぁー、このまま大阪湾を北上したら、明日は大荒れです、って言ってるでー」
「大丈夫やて、この辺りから、偏西風で東に曲がるんやて」
「ほんまー?」

普段、僕ほど天気など気にしないりっちゃんですが、この日は帰ってきてから、テレビを見ながら、まだ、荷物を出したり、着てみたり、天気予報をみたり、忙しい事です。

「もう、早う寝ようやー」
「もうちょっと、真ちゃん先寝たらええやん」

今週は、世話になってる先生の頼みで、徹夜の実験に二晩も付き合わされて、りっちゃんともご無沙汰でしたから、待ちきれません。

「ええからー、来いやー」
「ああーん、もう真ちゃん、邪魔やー」

というのを無理やり抱きかかえて、居間の電気を消し、布団の敷いてある隣の部屋へ行きました。

「明日、あかんやったら、真ちゃんのせいやからね」
「それとこれとは関係ないやろー」
「いいや、真ちゃんのせい」
「わかったわかった、俺のせいや、あかんかったら、昼まで寝とこう」

それでも、既に2時を廻っていたのでした。


翌朝、台風が雲をふっ飛ばし、六月の空とは思えない見事な快晴でした。
まだ、風は強い物の、これなら大丈夫、車に荷物を詰め込み、出発しました。

外環へ出て、一時間も掛からずに、現地に到着しました。

「わぁーいっぱいおるねー」

4~50台は居るでしょうか、大型のキャンピングカーみたいな車から、僕達のような車、中にはまんま商売しているようなハンバーガー屋のワゴン車まで有りました。
それでも広い駐車場はまだ余裕です。
指定の場所に車を止め、店開きしました。

ハッチバックゲートを全開にして、キャンプテーブルとビーチパラソルを利用して、テントのフライシートを張って、日陰を作りました。
僕の本と、りっちゃんの雑貨類と服。
結構、賑やかなお店に早代わり。
ゆっくりと本を品定めして貰うために、椅子も用意して、お客さんを待ちました。

お昼までは、ちらほらとしか人が来ませんでしたが、昼頃から、いっぱいの人がやって来ました。

「これ、中篇と後編あるんだけど、前編は?」
「あっ、すみません、今読んでました」
「いいの途中で」
「いいですよ、何度も読んだから」
「それだけ面白いんだねー」

と言って中年のおじさんが買っていってくれました。3時を過ぎる頃までは、どんどんと売れて、りっちゃんも大忙し、『負けて~』の大阪のオバちゃんにも、負けじと対応していました。

少し人が減ったなぁーと言う頃から、ぴたりと売れ行きが悪くなり、暇になりました。

「うち、ちょっと一回りして遊んでくる、店番頼むねー」
「ああー、ええけど、売れたらどうすんの? 値段は?」
「適当でええよー」
「わかった」

僕は安売り攻勢を掛けるため、マジックで半額、タイアップセールを書きました。
ただ半額にするのでは、売れ残るので、半額でも買ってくれたら、もう一品何か好きなもの付けるということにして、半紙に大書きし、

「さあー、今から半額、おまけ付きー」

と呼び込みしました。
子供たちや中学生くらいの女の子達が寄って来て、りっちゃんのパーカーを見ています。

「これいくらですか?」
「うーん、五百円のところ二百五十円、本も付けるでー」

それでも悩んだ末に、お財布を出して、二百五十円を僕に渡してくれました。
適当に本を選んでいたら、上下巻の本を持ってきて

「これ、一冊はただにならないの?」

って、数少ないりっちゃんの本を持ってきて聞くので、

「ええよー、可愛いからー、もうちょっと大きくなったら、お兄ちゃんとデートしよなぁー」

といってあげてしまいました。
30分ほどでかなり減ったところで、りっちゃんのご帰還です。
何故か後に若い男を連れていました。

「お客さんよ~」

と覗いたナンパそうな彼は、僕の顔見て、あれっと言う顔をしましたが、りっちゃんに進められるままに、本を品定めしていました。

「向こうで、服売ってたお兄ちゃん、うちとこにも来て、言うて連れて来てん、はい、お土産」

と言って、カップのカキ氷を渡してくれます。半分無くなってましたけど。。。。。

「これください」

とそのお兄ちゃんは一冊の本を出し、五十円を払って、にこやかに笑って見送るりっちゃんに手を振って、そそくさと帰っていきました。
これは新手の美人局です。本人はその気はなかったんでしょうが。

りっちゃんの手には、いろいろな物が入ったビニール袋が、

「なぁなぁ安かってんでー」

と見せる中身は、所謂ところの雑貨、ガラクタとも言います。

「こんなん買うてたら、荷物が減らへんやんかー」
「ええやん、安かってんからー」

見事に術中に填まったおばかさんでした。

「あっ、あのパーカー売れたん?」
「売れたで」
「何ぼでー」
「五百円」
「安すー」
「のところ半額にして、二百五十円」
「あほー、あれ高買ってんからー、ほんま、あほちゃうー」
「そんなん知らんやん、おれへんからやろー」
「どーせ、可愛い子やったんやろー」
「うん、中学生くらいかなぁー、あの子は別嬪になるでー、本も付けたった」
「あっ、あたしの本があれへん、二冊やんかー、もうー、真ちゃんのあほー」

買ってきた雑貨の袋を振り回して、僕を叩いてきます。

「わかったわかった、悪かったよー、でも、大概うれたでー」

ちょっと気を取り直したりっちゃんが、箱の小銭を数えて、

「ほんまやー、お札も入れて、七千円くらいあるー」
「両替の千円引いても、六千円や、捨てようと思とったんが、これやでー」
「ほんまやーなんか得した感じ」
「そやろ」

りっちゃんのご機嫌も良くなり、ほっと一安心。
でも、自分たちの人件費など、考えない僕たちでした。

4時になり、片付けて、ぐっと減った荷物を車に積み、家路につきました。

「なあ、何食べる?」
「やっぱ肉やなぁー」
「ええー、焼肉は嫌やー」
「ほならビックリドンキー、五百に挑戦しよかなぁー」
「ええよ、今日は」
「ビール付きな」
「うちはアイスクリーム付きな」

まだまだ食欲旺盛な時期でした。


by akuma


ビアホール :2008年09月21日20:23

いろいろなバイトをしましたが、夏場のビアガーデンビアホールのバイトは、短時間
で、時給もよく、最終まで居ると、残ったおつまみで一杯やれるので、お呼びが掛か
るのが楽しみなバイトでした。
ブローカーのように、あちらこちらのビアガーデン・ビアホールのアルバイトを斡旋し
ている友達がいて、毎年、どこかのビアガーデン・ビアホールにいました。

梅田界隈のビアガーデンが多かったのですが、その年は、ナンバにあるビアホールを
紹介され、6月頃から、研修も兼ねて、夜、出かけていきました。
その店は、何種類かのメーカーのビールを置いてましたが、主力はバドワイザー、ア
メリカのビールです。
日本人にはあまり人気はないビールですが、ここの目玉は、バドガール、いわずと知
れた、あの衣装に身を包んだ女の子がビールを運ぶのです。

あの衣装を着るには、スリムで、ダイナマイトなボディと身長が入りそうですが、サ
イズが何種類かあり、パットを入れて誤魔化している子も居たようです。
男は顔なんてほとんど見てませんし。。。

僕は厨房の手伝い、ビールを注ぐ係りなどをしていましたから、閉店まで居ました
が、、バドガールの女の子はたいがい9時になったら上がってしまい、ふつ~のTシャツの子も居ましたが、そうなるといっぺんに客足が落ちます。
閉店の11時までは、ヒマで、僕たちは助かったのですが、若い店長は、イライラし
ていました。


7月に入り、僕も毎週末に、その店に入っていましたが、女の子達が、いっぺんに三
人も辞めてしまいました。
はっきり言って、バドガールの居ない、バドの店なんて、何の魅力もないでしょう。
頭を抱えた店長は、だれかれなしに、『誰かおれへんかー』、と聞いて廻っていまし
た。

「真ちゃん、誰かおれへんかー、時給は1200円までだすさかいに」
「ひとりだけ、心当たりはありますけどー」
「あ、そうか、たのむわ」
「はい、聞いときます」

心当たりと言えば、りっちゃん しかいません。
りっちゃんは仮装、今で言えばコスプレ、が嫌いではないのです。
ある団体、○ム○ェイの仮装クリスマスパーティに潜り込む時、
僕が、トラの着ぐるみを、りっちゃんはバニーガールの格好で、網タイツを履いて、
出席しました。
りっちゃんは、5人のベスト仮装大賞に選ばれ、、前に並びましたが、僕たちは会員
ではない、という裏事情で、最優秀賞、五万円の食事券を逃しました。得点では一位
だったのに。。。。。

テレビを見てて、バドガールが出てるときに僕が

「あっこんなんは?」

って聞くと、

「いっぺん着てみたいなぁー」

って言ってたのを聞いたので、夜遅く帰って

「バドガールの衣装着てみいひん?」
「何それ」
「バイト先で、人がおらんようになってな、バドガールになる人、さがしてんねん、
時給もええで」
「ふ~ん、真ちゃんと一緒?」
「ああ、そこしかないからなー」
「ほな行ってもええでー」

という事で、早速その週の土曜日、仕事が終わったりっちゃんと、早めに店に入り、
店長に紹介しました。

「あっ、ええなぁー、スタイルばっちしや、今日から入れる?」
「はい、そのつもりで来ましたから」
「ミキちゃ~ん、彼女のスーツ、サイズ見て、出したってー」

僕は厨房に入り、仕込みの手伝いをしていたら、

「真ちゃん、どう?」

と、りっちゃんが出てきました。
かなりピチッとしていて、ボディのラインがはっきりとわかります。
なんか、いつもより胸が大きく、谷間が深く見えました。

「めっちゃええやん」

とは言いましたが、逆に心配になってきました。


六時の開店と共に、あっという間に、満席に近い状態となりました。
土曜日なので、サラリーマンのみならず、色々な人がいます。
一番賑やかなのは、学生ですが、女の子だけの団体も、ちらほらいました。
忙しくなると、ホールを見ているヒマもありません、次から次へビールを注ぎ、唐あ
げだの、サラダだの、トレイにセットして、カウンターにどんどん並べ

「12番、唐あげ、上がったよー」
「は~い」

たまに、りっちゃんが取りに来る事もあります。
慣れないので、参ってるかと思ったら、にこにこして、僕にウインクまでする余裕が
あります。


9時になり、バド組は上がり、Tシャツ組だけで、店内は、落ち着いた感じになりま
す。
もう、そんなにたくさんの客は来ません。来ても始末の悪い酔っ払いばかりです。
『真ちゃん、先帰ってるからね』
と口パクと、しぐさだけで、りっちゃんは先に帰りました。


僕がお店の残り物をもって帰ると、

「しんどいけど、面白かったー、ちょっと視線が怖いけどー」
「そやろー、りっちゃんM着てたんちゃうのー、えらい短かった」
「ミキさんが、あんた細いから、Sでじゅうぶんや、言うて、胸のパッドもかしてく
れたー」
「それでかー、何かいつもより、ボリュームあると思ったわ、ほんとは貧乳やのに」
「貧乳ゆうなー、真ちゃん、いつもは丁度ええー、って言うくせにー」
「そや、それがええねん、りっちゃんの可愛いのが、巨乳は苦手や」
「あっ、なんか昔あったなぁー、正直に言うてん、怒らへんから」
「なんもないよー」
「嘘つき、ぜっ~たいなんかあったんやー」
「ないない、明日も出るんやな」
「あっ誤魔化した、うん、土曜日曜だけやったらね、ちょっとまだけ」


翌日、日曜日、普段と違い、いろいろな人がやって来ます。
家族連れ、カップルも多く、飲み物より、食べ物が良く出て、厨房はてんやわんやで
す。
ビールサーバーは、任せて、厨房を手伝っていました。
りっちゃんの顔もほとんど見ていませんでした。
9時近くなって、黒のスーツに白いネクタイ、結婚式の披露宴帰りと思しき、数人の
団体が、入ってきました。
ちょっと足元が覚束なくなっている人もいたので、もうだいぶ入っているのでしょ
う。

「はい、中よっつ」
「は~い」

と言って、久しぶりにりっちゃんの笑顔を見て、安心して、しばらく厨房の中に入っ
ていました。
すると、ホールの方で、大きな声がしました。
表へ出ると、りっちゃんと、先の披露宴帰りの男とが、面と向かって、何かを言って
いました。

「だから、謝ってください、って言ってるだけです」
「なんであやまらなあかんねん、尻さわっただけで」
「それは、痴漢と同じです」
「そんな格好しとって、なにが痴漢やねん、触ってくれ言うとんのも一緒や」

僕が出て行こうとすると、店長が黙って僕を手で止め、そのお客さんの方へ行き、丁
寧にお辞儀をしてから、

「何か、手前どもに不注意が御座いましたでしょうか?」

と切り出し、りっちゃんに向かって、

「お客様に何か、失礼な事をしましたか?」

とやさしく聞いていました。

「いえ、このお客様が、わたしのお尻をさわったので、謝ってください、って言った
んです」
「ちょっと当たっただけやー」

開き直った男に、店長は、ゆっくりと、はっきりと言いました。

「店内の出来事ですので、大きな事にはしたくありませんが、このまま、帰っていた
だくか、警察のお世話になって、現場検証をして頂いて、お客様と、彼女の言い分を
確かめたいと思いますが、いかがで御座いましょうか」

、一瞬店内が静まり返るくらい、強い口調でした。
店長は、りっちゃんを下がらせ、45度、に頭を下げたまま、じっとしていました。

小走りに僕のところへやって来たりっちゃんは、僕に顔を埋めて、

「怖かったー・・・・・・・・・・・・・でも、本当やもん、あの人、ぬるーって触ったんやー」
「偉い偉い、ちゃんと言えたんやー」

彼女のお尻をさわった当の本人は、『なんや、あいつら出来とんかー』とか、まだ何
か言おうとするのを、周りが止め、他の三人は、こちらに頭を下げて帰って行きまし
た。

「なんや、やっぱり真ちゃんの彼女やったんかー」
「はい、すみません」
「りっちゃんオボコいから、酔っ払いの相手は無理みたいやな、他の子なんかやった
ら、ワザときゃあ言うて、客の方が、遊ばれてるけどなぁー」
「もう、やめさします」
「それがええかもなぁー、惜しいけど。」

それから全くヒマだったので、その日は、僕もりっちゃんと一緒に、早め上がりまし
た。

「店長さんに、服返したら、『ええ、もって帰り、怖い思いさせたお詫びや』、言い
はって、くれた」
「ある程度以上働かな、ほんまはくれへんねんけどなぁー、でも、どこ着ていくね
ん」
「2日間の思い出やんかー、時々真ちゃんの為に着たるわ」
「そんなんええわい、俺が興味のあるのは、中身だけや」
「ああー、色気のないこと言うなぁー、うち、結構似合とったやろ?」
「まあな」
「なんや、気ぃない返事」
「りっちやん最高、やったけどな、それが心配の種でもあったんや、結局、今日みた
いなことになって、ようわかったわ」
「うん」
「僕から頼んだけど、もう、りっちゃんはバイト禁止や」
「うん、うちは真ちゃんだけのもんや」

普段なら『くっ付き過ぎー』と言って離れようとするのですが、この日はべったりと
左腕にぶら下がる彼女をそのままにして、地下鉄に乗りました。


by akuma

すすき :2008年09月23日13:36

また大山に行こうと思いました。
僕が、りっちゃんと始めて言葉を交わした場所。
この娘に会うために今まで生きてきた、とおもった場所。


「小さな旅館がええなぁー」
「そやなぁー、るるぶで調べてみよ」

りっちゃんは愛読の旅行雑誌を開いて、岡山・鳥取周辺の宿を調べていました。

「なあ、岩井温泉、って知ってる?」
「知らんなぁー」
「創業300年、って古ーっ」
「一泊いくら位?」
「7000円より、って書いてある」
「より、かー・・・・・・・りっちゃん、ここ鳥取やけど、だいぶ大山とは離れてるやん」
「いいやん、車やから、電話してみよ~と」

と、その旅館に電話しています。

「もしもし、○○旅館さんですか、はい、10月の・・・・・」

ともう予約に入ったかと思ったら

「で、一番安い部屋と高い部屋、何が違うんですかー」

と、細かい事を聞き始めました、大阪のオバちゃんの血が流れているのです。

「はい、料理は一緒、あっ、もちろん和室でいいですよ~」

で、予約するのかと思ったら、

「わかりました、◇○旅行さんを通じて予約します」

と、電話を切りました。

「2人だけの旅行やのに、そんな旅行会社頼んでどうすんねん」
「だって、◇○旅行のHさんが『旅館だけでも安うに取ったる』って言ってたから」
「それは団体の話やろー」
「ううん、1人でも2人でもええ、って言ってた」

その時、僕は女の子だから、ちやほやされてるんだと思っていましたが、旅行会社は強力なコネがあるんですね。


1年ぶりの大山、抜けるような青空に恵まれ、とてもいい気分です。
山全体がすすきで覆われ柔らかな曲線を画いています。
まるで冬支度のセーターを羽織ったような感じです。

今回は、自転車も何も持って来ませんでした。
りっちゃんが作ったお昼の弁当と、ポット、それと、一泊分の着替えだけ持ってやって来ました。

りっちゃんも珍しく、白っぽい襞襞の長いスカートに白いブラウス、赤いカーディガンを羽織っていました。
僕も普段と違い、りっちゃんがお見立ての白いスラックス、ボタンダウンのチェックのシャツ、お揃いの赤いカーディガンを羽織らされていました。

「なんか、新婚さんみたいやー」
「みたいやないの、新婚さんのつもり」
「苗字はまだ違うで」
「ううん、ほら、この予約、真ちゃんの名前にしたよ、うちは他1名様」
「◇○旅行のHさん、何か言うてなかった?」
「Hさんはいいんよ、おっちゃんやから、問題は副支店長のOさん、うちの事、好きみたいや」
「ほなら、はっきり言うてやったら、私は真ちゃんのものです、って」
「そんなん言われへんわー」 (この話は次につづくのですが・・・・・それはまたの話で)

お弁当を食べ、蒜山の辺りを散策して、すすきを刈って、大山を離れました。

倉吉から九号線に抜け、国道ををひた走りました。
秋は釣る瓶落し、宿に到着した頃には、真っ暗になっていました。

宿のカウンターで、僕の横に来て、わざわざ宿帳に、「律子」と書いて、にこにこしていると、
宿の人も

「新婚ですか?」

聞くので、僕が何か言おうとするのを押し留めるように、

「はい、新婚です」

とはっきりと答えていました。
まだ、違うのになぁー。。。。と僕は心の中で唱えていました。

時間も遅かったのですが、部屋に食事の用意をして貰う間に、温泉に浸かりに行きました。
混浴と言うわけにも行きませんでしたが、広々とした湯船で、ゆったりと浸かっていると、

「真ちゃん、もう出る?」

と言う声が、

「もうちょっとー」
「うち、先でて、髪乾かしとくからねー」
「ああ、もうしばらくしたら出るわー」

2人の声だけが、木霊して響いていました。


値段の割には豪華な食事でした。
部屋も、二間続きの部屋で、僕たちには贅沢な部屋でした。
いつも斜め横に座っているので、真向かいに座ると変です。
大きな座卓を廻って、りっちゃんと斜め前に並んで座りなおしました。

「はい、真ちゃん」

と注いでくれた、ビールを持ち替え、

「りっちゃんも」

と彼女にも、ビールを注ぎ、乾杯しました。

「何に乾杯?」
「りっちゃんに会って、1年」
「そっかー、もう一年も経つんやー」
「そや、夏にも会うとったけど、どっちも覚えてないやろ」
「うん、知らんかった、キャンプの時からや、でも、それからだいぶ経ってたよ忘年会」
「ずっと会いたかってんけどな、電話聞いてなかったし、ほとんどこっちにおらんかったからな」
「うち、誰かと付きおうとったら、どうしたん?」
「それでも良かった、りっちゃんはどう思とったん」
「真ちゃんな、面白い人やー、って思ったけど、まだ、何とも思ってなかったよー」
「なんや、そっかー」
「でも、真ちゃん強引やったからー、うち、どないしてええかわからんうちに、真ちゃんの物になってたんやー」
「なんか、俺が強盗に入ったみたいやなぁー」
「ほんまや、強盗にみんな取られたわー、身も心も。。。。今は真ちゃん大好きや」

食事の途中でしたが、顔を近づけ、蟹の身が付いた口にキスしました。

食事が終わると、洗面所に置いといたすすきの穂を出してきて、旅館の人に使っても良いと言われた壺に活けていました。
会社の研修室で行われる、婦人会の生け花教室には毎回行ってますので、それなりの腕は有るようです。

中秋の名月は過ぎ、今はだいぶ欠けた月が窓の正面高くに昇っています。
その月に向い、すすきと三方に乗せただんごを供え、

「うさぎさんに食べて貰わな」

と言いながら、月を見上げていました。

しっとりとした生乾きの髪が、旅館の白っぽい浴衣にかかり、年以上に色っぽく見えました。
僕は座っている彼女の後ろから抱きしめ、髪に顔を埋めて

「りっちゃん、愛してるで、ずっと」
「ずっと、って一生」
「もちろんや」
「うちがオバちゃんになっても」
「ああ」
「うちが、京塚まさこになっても」
「ああ」
「おばあちゃんになっても」
「ああ」

頬を赤らめた顔をこちらに向けさせ、今度は本気で、長いキスをしました。
はだけた裾に、僕は激しく反応して、我慢が出来ませんでした。
隣の部屋には、もう、布団が伸べてありましたし。。。。。。。。。。。。。。。。。。。(^_^)


by akuma

ブレスレット :2008年09月26日23:20

浮気、ってしたことありますか?

実際、どこからが浮気なのか、って言うのもありますが、男は常に浮気心があると言っても過言ではないような気がします。
するかどうかは別問題として、綺麗な女の子、可愛い子を見たら、平常心で居られないのは、本能的な性ですから、そこまでは勘弁していただきたい。
なのに、女性の浮気には寛大ではないですねー、僕も。。。。。。。

一度だけ、りっちゃんが浮気っぽいことしたんです。


僕はいつも遅く帰ったり、晩御飯用意してても帰らなかったりで、りっちゃんとも少し険悪になってた頃、珍しくヨッバラって帰ってきたんです。

表で、タクシーが止まって、

「オヤスミー」

と言う男の声と

「お休みなさい」

とりっちゃんの声が聞こえました。
しばらくして、鍵の音がガチャガチャ、として彼女が帰ってきました。
いつものジーパン姿ではなく、スカートを穿き、よそ行きの格好に見えました。

「あ、帰っとったん」
「ああー、帰っとったよ」
「珍しいこともあるもんや」
「珍しいかどうか知らんけど、こんな遅うまでどこ行っとったんや」
「ええやろ、どこでも」

僕が帰ってると思ってなかったみたいで、帰るなり、不機嫌な声で、隣の部屋へ行き、そのまま風呂に行ってしまいました。

風呂から上がってきても、無言で、布団を敷き、先に寝てしまいました。
僕は普段の事があるから、あまり強い事が言えずに、その晩は、珍しく背中向けて寝たんです。


翌日はりっちゃんが休みで僕はバイト、その日は夕べの事が気になって仕方ないので、夕方電話したら、出なかった。
「くそー」、って思って、その日は早仕舞いで、早く帰るつもりが、飲みに行ってしまいました。

いつものように、帰ったら12時近くなっていました。

りっちゃんは居間で寝てたけど、テーブルに食事の支度がしてありました。

僕の好きなハンバーグカレー。。。。。

「帰ってきたん」
「ああ」
「バイト先に電話したら、誰もおらんかった」

って言うので

「何で」

って聞くと、

「昨日、真ちゃんに当たったから、おいしいもん作ってるから、早う帰ってきて、て言うつもりやった」


「昨日、○○旅行のOさんに誘われてご飯食べに言った」
「ふ~ん」
「あちこち連れて行って貰って、楽しかってん」
「良かったな」
「ホテルに行こうって言われたけど、真ちゃんの事思ったら、行けんかった」
「行ったら良かったやんかー」
「なんでそんなん言うのー」

僕は酔ってたのもあって、りっちゃんを苛めたくなって言ってしまいました。

「ハンバーグカレーかー」
「食べたんやろ、無理せんでええよ」

でも、お腹は空いてなかったけど、りっちゃんがせっかく作ったのだからと思い全部平らげました。

「はあー、腹一杯やー」
「そんな、無理するからや」
「無理ちゃう、せっかく作ったもん、ほっといたらあかんやろ」
「くいしんぼうやねー」
「もったいないお化けが出るからなー」

鱈腹食べた所為か、すこし気分も落ち着き、りっちゃんも棘がなくなっているように思いました。


布団に入って、横になり、りっちゃんが夕べの事を話し始めました。

「最初な、レストランに行ってん、本格的やったよ、テーブルとテーブルの間に仕切りがあって、ロウソクが立ってた」
「ふ~ん、何食べたん」
「ようわからんけど、子牛の肉のなんたら、て言うのが出てきた」
「普段食べつけんもん食べても味がようわからんやろ」
「スープは美味しかったけどな」
「それからな、Oさん、プレゼント、って、ブレスレットをくれたんや、高そうなやつ」
「貰ろたんか」
「どうしても、て言うから、受け取るだけ受け取った」
「それから法円坂の方のバーみたいなとこに連れて行かれてん、お酒弱い、って言ってるのに、一杯だけ、って言うて」
「そや、りっちゃん酔うたらどこでも寝てしまうからなぁー」
「うん、途中から、ものすごう眠むなったから、もう帰ります、外へでたら、ホテル行こう、って言われた」
「行くつもりあったん?」
「そんなん全然思てへんよ、Oさんええ人やけど、全然何とも思うてへんかったし、会社のお得意さんやし、集金に行く度、誘われてたから、いっぺんだけー、と思うたんや」
「向こうはそうは思てへんやろ、きっと・・・・・・・プレゼントも受け取ったし」
「そうやなぁー、明日返してこよ」
「そんで、帰ってきたんか?」
「うん、そんだけ」
「ほんまそんだけかー」

と言って、彼女の弱い所をくすぐってみました

「ああん、やめてーな、こそばいやんかー」
「正直に言わな、もっと・・・・」

体をひねりながら

「あははっ、キスされた」

と、彼女は白状しました。

「えっ、どこで」
「家の前、タクシー降りたら、付いて来て、いきなりチュってされた」
「なんやとー」
「そやから、あわてて家に入って鍵しめたら、ぼさーと真ちゃんがおってんやん、何か腹が立ってん、おるから」
「なんでや、おったらあかんのかいなぁー」
「恥ずかしかったんや、なんか見られたみたいで」
「見てへんよー」

でも、無性に嫉妬心が湧き出した僕は、頭に血が上り、りっちゃん苛めたくなりました。
苛めた、といっても、野獣のように、明け方まで、責めつづけただけですが。。。。。。。。


翌日の日曜日、2人で、駅前の商店街にある○○旅行に向かいました。
僕は表で待ち、りっちゃんは中に入って、Oさんと思しき30歳くらいの男と話していました。
彼女が、表にいる僕の方を指差した時、彼が軽く会釈をしたので、僕も釣られて会釈を返しました。何度もりっちゃんが頭を下げて出て来ました。

「何てー」
「彼氏がおるんやったら、最初から言ってくれたら良かったのに、って」
「そらそやなぁー、りっちゃんが悪いんちゃう?」
「そんなん言う必要ある?・・・・・・結婚してても、そんなん言わなあかん?」
「そら、別に言わなあかんって事ないけど・・・・・」
「ああー、これで皆にきっとバレバレや、誰も誘ってくれへんやろなぁー」
「ええやん、俺がおるんやから」
「そやー、真ちゃん責任とってや、もう、回りの大人からしたら、うちは傷もんなんやから」
「なんやそりゃー・・・・・ダイヤモンドは傷つかへんのやでー」
「どっかの映画見たいや」
「はははーっ、そのまんまや」


そのまま買物をし、晩御飯は僕がビーフストロガノフと赤かぶのサラダを作りました。
そのころ読んだ、壇一雄さんの息子さんの嫁が書いた本を参考にして。。。。。。。。。

「真ちゃん、コックさんなれるなぁー」
「俺は食べたいもん、食べさしたいもん作るだけや、注文は聞かへん」
「そやなー、我がままやもんなぁー」
「どっちがや」


りっちゃんと一緒に暮らしている間、僕は一度も浮気めいた事はしませんでした。

本当ですよ。。。。。。

by akuma

余呉湖 ;2008年10月11日22:20

前日の雪も止み、快適なドライブでした。

越前のカニをたっぷりと堪能して、りっちゃんもご機嫌でしたが、僕は少し複雑でし
た。
『俺が父親』
ピンと来ない、そんな感じです。

余りに天気が良かったので、寄り道をして、余呉湖に寄ることになりました。

国道は除雪されていたが、脇道に入ると、昨夜積もった雪がそのまま道を被っていま
した。
スタッドレスを履いた愛車は難なく雪道を分け入って、湖の傍まできた所で1台のスポーツカー
が道を塞いでいます。
見ると、1人の男性が車を押していました。雪道に滑って脱輪したようでした。
そのままでは先に進めないので、りっちゃんと二人して車を押しに行くことにしました。

車の中には美しい女性が乗っていたが、寒いのか膝に毛布をかけたまま出てこようと
もしません。
3人で何とか、車を道に戻して自分たちの車に戻ろうとすると

「どうも、すみません、ほんとうに助かりました」

と男性は丁寧に挨拶されましたが、車中の女性は軽く会釈をしただけでした。

車に戻ってから、りっちゃんはたいそう憤慨していて。

「何よ、あの女、ちっとも手伝わずに、何様のつもりよ!」

攻撃の対象は、スポーツカーに乗ったままの女性に向けられていました。

「あんな高ビーな女、すぐに別れてしまうわ」

でも、僕は見ました、きっと折りたたみの車椅子であろう車輪を。
彼女に何も言いませんでしたが。


深緑色の水を湛えた余呉湖は、とても静かで美しく、立ちつくす彼女の、雪のように
冷たく白い横顔をキラキラと照らしています。

「また、夏に来ようね、赤ちゃんが出来たら」
「うん」

と約束をして、車に戻りました。

(つづく)

by akuma

余呉湖(つづき) :2008年10月18日20:22

「この子がね、大きくなったら一緒に来ようね」

助手席に座り、お腹を撫でながら、りっちゃんが言いました。
心なしか顔がふくよかになり、もう母親の自覚が出来てきたのでしょうか、その慈愛に満ちた表情は、とてもやわらかく、すべてを包み込むような感じです。

「ああ、でも生まれて直ぐには無理やろー」
「うん、いつでもええねん、あなたが生まれる前に、ここに来たんよー、って教えてあげるねん」

彼女の中では、この子の成長が、どんどんと広がり、幼稚園、小学校、と未来想像図が出来上がっているのでしょう

「うち、仕事辞められへんから、保育園やなー」

と、まだ見ぬ姿の先々を心配しています。

「真ちゃん、来年からどうすんの?」
「大学はやめる、模型屋、真剣にやってみようかなぁー」
「バイト?」
「今はバイトやけど、どっちでも同じやし、社員になったら、いろいろ役所がうるさいやろー」
「うん、うちはガラス張りやしなー」

これからは、今た゜けの生活ではなく、先々の経済的な見通しも考えなくてはいけないようです。
本当は僕自身、ピンとは来ていなかったのですが、
『面倒くさいなぁー』
と思いつつも、
『やらなあかんなぁー』
という責任感のようなものも出てきました。

「さっきのな、車の女の人な」
「あの高ビーな女のこと」
「ああ、あの人な、たぶん足が悪いんやと思う、車椅子が見えたんや」
「ほんまーぁ、せやけど、あの人何も言わんかったよ」
「よう分からんけど、変に同情するのもおかしいしな」
「ふ~ん」

雪をかぶった比叡山の山並みを見ながら、湖西沿いの国道を走って居ました。
湖の少し沖合いにぽつんと鳥居が立っているのが見えました。


「あ、あそこに神社があったわ、ちょっと寄っていこか」
「うん」

湖岸の道路端に車を停め、僕たちはその神社に入っていきました。
あまり広くはない境内は閑散とはしていましたが、手入れの行き届いた綺麗な神社でした。

玉砂利を踏み、社の前に進み、二礼二拍

「この子が元気で生まれて来ますように」

りっちゃんは声に出してお願いしていました。
僕はただ、真っ白な頭で、手を合わせていただけでした。

「真ちゃんは、何てお願いしたん?」

人の心を見透かすように彼女が聞いてきました。

「そ、そら同じや、りっちゃんと・・・・」
「そやね、頑張ってや、パパ!」

パパ、と言われた言葉が、嬉しくもありましたが、僕の肩に重く圧し掛かって、何か鉛を飲み込んだような気がしたのも事実でした。

母になりかけているりっちゃんの前で、僕はまだ、おろおろとする少年のままだったのです。

by akuma


カレーライス :2008年10月21日20:04

4月、学籍を保留のまま、学校へは行かず、毎日、建築模型屋でバイトしていました。

りっちゃんのお腹も少しずつ大きくなり、少し目立つようにはなってきましたが、相変わらず出社して、仕事をし、夕方には近くの商店街で買い物をし、夕御飯を作り、僕の帰りを待つ毎日でした。

少し動くのが億劫にもなってきたのでしょう、用事のない時は、一日中家の中に居るので、夜、僕が帰って来るのを待って、散歩するようになりました。

「真ちゃん、男の子やったら、何て名前にする?」
「そやなー、男やったら、タケシ、とかユウダイとか、大きな名前がええなぁー」
「女の子やったらー?」
「女の子かー、女の子は難しいなぁー、、、、、、、、、、、サオリなんてどうや」
「南沙織のサオリ? 真ちゃん好きやもんなぁー」
「シンシア、でもええでー」
「そんなん、ガイジンみたいやんかー、日本人やのにー」

少し太ったかなぁ、と思うほどですが、確実にお腹が出てきています。
登り坂では、後ろから体を支え、お腹を持ち上げます。

「なんか、ボールかスイカ、飲み込んだみたいやー」
「そや、前が重たいから、お相撲さんみたいに、ちょっと後ろに反る癖が付いてきたよ~」

下り坂では、前に回って、背中に彼女のお腹の膨らみを感じながら、ゆっくりと歩きます。

「りっちゃん、おっぱいより先にお腹が当たるわ」
「うるさい、これでもちょっと大きくなってきたんやー」

と言って、僕の頭をこずく。

「今日の晩ご飯、真ちゃんの好きなカレーやでー、ハンバーグまで付けたら太るから、ハンバーグはなしや」
「そんなん、帰った時からわかっとったよー、ええ匂いしてたもん」
「明日はハンバーグな」
「うん」

渋滞の車も減り、静かになった街、ポツポツと灯が燈る歩道を、ゆっくりと、手を繋いで帰りました。


by akuma


守る者 :2008年10月27日23:49

毎晩のように飲んで帰ってた僕も、バイトが終わると真っ直ぐに帰るようになっていました。

体調があまり良くなくて、会社も休みがちなりっちゃんでしたが、僕の御飯を作って、何時になっても待っていました。
もう、会社の方にもごまかせなくて、産休の申請を出したそうです。
結婚もせずに産休と言うのは、何かと問題があったそうなのですが、書類には僕の名前が書かれてありました、父親の名前として。

「どや、今日は」

玄関の扉を開け、中に声を掛けると、
奥から、寝起きの顔で出てきて

「うん、調子いいよー、時々蹴るのが分かる。。。。。。でもたいがい寝てるみたい」
「赤ちゃんやなくて、りっちゃんの話や」
「ちょっとしんどかったから、寝てた」
「会社休んだんやろ」
「うん、今日は病院に行く日やったから、最初から言っといたから・・・・、お味噌汁、温めるね」
「ええよ、自分でするから寝とき」
「そやけど、真ちゃん疲れてるやろ」
「大丈夫や徹夜でもせんかったら、全然平気や、横になっとけ」
「うん」

そう言って、彼女は、また奥の布団に戻りました。

「あんな、今日、病院で見てもうたら、赤ちゃんが反対向いてんねんてー」
「反対って何や」
「頭が下に下りてこなあかんのに、立ってるねんて」
「逆子、ってことか?」
「うん、、、、でもまだ時間があるから、大丈夫やろ、って先生が言うとった」

もう二十週をとうに過ぎています。
本来なら安定期に入って、かえって元気になるって言う人もあるらしいのですが、りっちゃんは日に日に元気がなくなっていました。

「俺な、家で仕事しょう思うてんねん」
「家で?」
「うん、色付けとかは、会社でないとでけへんけど、ほとんどの作業は、机1つで十分こと足りるからな、時間給でなくて、1つの仕事で幾ら、って形にしてもらうんや、そしたら、家でやっても同じやし、りっちゃんの傍に居れるやろ?」
「うん、ええねー」
「そやろ、、、、、いづれ独立して、自分の仕事場を持ったら、全部自分で出来るし、そしたら、お金もいっぱい入るしな」
「うちも手伝えるかなぁー」
「りっちゃんは会社辞めんでもええやんか、会社嫌なんか?」
「ううん、ええ人ばっかりやから、嫌なことないよー」
「ほなら、また続けたらええやんかー」
「でも、産休明けたら、どうしようかと思うて」
「ええ、俺が家で見とく、それか、保育園も近くにあったやんかー」
「うん、真ちゃんが家に居て、うちが外で働くの? 何かおかしいなぁー」
「ええやんか、俺はどっちかと言うたら、夜の方がええから、昼間は赤ちゃんと一緒に昼寝や」
「ほなら、誰が家事すんのー」
「ちょこちょこ、とやったら、俺にもできるやろー」
「そんなー、主婦業は甘ないでー」
「大丈夫や」

遅い夕飯を済ませ、洗い物をしていると、りっちゃんが起きだして、

「うちがするから、お風呂入り」
「ああ、ついでに洗濯やろ」
「うん」

アパートの洗濯機は外に置いてあります。
暖かい時期は良いのですが、冬場は、水も冷たく、手がこごりそうになります。
僕が居るときは、風呂に入ったあと、残り湯で洗濯機を回すのです。
今は市販のバスポンプが有りますが、その頃はそんなもの無かったので、僕は自分でポンプ作りました。
太めのホースを接続して、風呂から湯を取り出し、洗濯機に入れるだけですが、五階百貨店で工事用ポンプを探してきて繋いでいるので、パワフルです。

りっちゃんは『音が恐い』と言って使いません。
風呂の窓から首を出して、洗濯機に太いホースを放り込みます。
ポンプを浴槽に沈めといて、電源を入れると、唸りを上げて、どんどんと湯が吸い込まれ、浴槽に溜まっていきます。
二層式の小さな洗濯槽はあっという間に溢れ出します。

パンツ一枚で、洗濯機の前に立ち、脱水機に入れ替え、タバコを一服点けていると、

「何か着たら」

と風呂の窓から首をだしたりっちゃんが笑っています。

「ええやん、誰も見てへんし」

洗濯物を干しながら、空を見上げると、満月から少し欠けた月が輝いています。

部屋に戻ると、りっちゃんはまた、小さな寝息を立てて眠っていました。

その横顔をしばらくの間眺めていたら、なぜか涙が止まらなくなってしまいました。
『俺は、この命を守るために生まれてきたんや』
と思いながら。

by akuma


帰ってくるよ・・・・・:2008年11月14日21:34


病院に駆けつけた時、りっちゃんはベッドの上で寝ていました。

『残念でしたね、でも、若いからまたすぐに出来ますよ、赤ちゃん』

と言う看護婦さんの言葉が何度も頭の中を回っていました。
長かった髪の毛を切り、お母さんになる準備をしていたりっちゃんなのに、どうして、としか思えません。

麻酔のせいか深く眠りについたりっちゃんの目の下に、涙の痕ようなものが付いていました。
僕は布団の中に手を入れ、彼女の右手を握りました。
ぎゅっと握ると、かすかに反応したのか、握り返してきたように思えます。
少し汗をかいて引っ付いた髪の毛をかきあげ、目の下を拭いました。

そのまま、彼女が目を覚ますまでの間、ずっとそのまま彼女を見ていました。

「来たん?」
「ああ」
「赤ちゃん、あかんやった」
「ああ」

目を覚ましたりっちゃんは、それだけ言うと、ポロポロと涙を流し始めました。
僕はしばらくの間、黙って彼女を抱きしめていました。

「赤ちゃん、うちのこと嫌いやったんかなぁー、うちがお母ちゃんやったらあかんかったんかなぁー」
「そんな事あらへん、りっちゃんが悪いんやない、ちょっと恐かったんや、きっと」

23歳と21歳の父母では不満だったのか、僕達の手の中に入って来てくれませんでした。

「大丈夫や、また出来るって、また帰ってくるって」
「赤ちゃん帰ってくる?」
「うん、きっと帰ってくるって、ちょっと早かっただけや」
「うん」


陽が落ちて、窓の外が暗くなっても、彼女を抱きしめていました。
りっちゃんの、母になり大きくなった乳房から、甘い匂いが漂っていました。

それからの二人に新しい命は授かることはありませんでした。
体調の良くなかった彼女は、僕と別れて、山口県に居る両親の元へ戻る事になったのは、優柔不断な僕のせいでもあります。

翌年の暮れ、別れて一年後にりっちゃんが亡くなった事を聞きました。

年を経る毎に、元気な赤ちゃんを抱いた、りっちゃんの姿がはっきりと見えるのです、僕には。。。。。。。。

by akuma


マッチ:2008年11月16日00:29


「開けてくれやー、りっちゃ~ん、誤解やー」
「も~う、真ちゃんなんか嫌いやー、どっか行ってまえー」
「何もしてへんやんかー、飲んでただけやー」
「今何時やと思とうの、会社から、電話掛かってきとったんやでー、もうとっくに帰ったって」
「そやから、一人で飲んでただけやー」
「きれいな女の人のおるとこやろー、どうせ、マッチに名前書いてあった、ユ・キ・エ、って」

寒空の下、仕方なく、とぼとぼと、自転車を押して、近くの24時間開いてるコンビニに行きました。
確かに、最近連れて行ってもらった、ユキエという名の女の子の居るスナックで、遅くまで飲んでいたのです。

初めて行った時から、同い年と言うせいもあり、その彼女と意気投合してずっと喋っていました。
その時に、ライターがなかったので貰ったマッチに"忘れないように"と名前を書いてくれたのです。
今日は一人で帰りに寄りました。
ユキエという彼女は居ませんでしたが、客が少なかったので、女の子独り占め状態で、思わず長居をしてしまいました。

コンビニも一時間も居たら、立ってるだけでしんどくなります。
また、重い足取りで、家に向かいました。

玄関の扉が開いていて、その前にりっちゃんが立っていました。

「どこ行ってたん? こんな寒い中、はよ入りなさい!」
「えっ、怒ってたんちゃうのん」
「風邪引いたら困るやろー」
「うん」

首を掴まれた子猫のように大人しく家の中に入りました。

「心配するやろー、勝手にどっか行ったらー」
「どっか行けー、って言うたやんか」
「本気で言ってへん、そんなんわかるやろー」

と言って、僕の背中をゲンコツで何度も叩いてきます。

「ほんまにどっか行ってもたんかと思った」
「どっこも行けへんよ、行くとこないしー」
「ユキエさんとこ行ったんかと思った」
「1回会っただけの人やんかー、そんな訳あらへん」
「真ちゃん、  真ちゃんが浮気したら真ちゃん刺して、うちも死ぬからねー」
「浮気なんかせえへんがなー」
「ほんま?」
「ほんまや」
「絶対?」
「絶対」
「うちのことだけ愛してる?」
「りっちゃんだけ愛してる」
「ほなら~、今回は許したる、でも一人でそんなとこ行ったらあかんよー」
「分かった」


もちろん、その夜は、仲直りのために朝方まで愛し合ったのは言うまでもありません。。。

翌日、そのマッチの箱を開けると、中箱の裏に電話番号が書いてありましたが、りっちゃんに見つからないうちに、そのまま捨ててしまいました。
それ以来、そのスナックに行った事はありません。

ほんとですよ。。。。。。。。。。。。(^_^;)

by akuma


もみの木:2008年12月23日23:08

「真ちゃん、ツリーが欲しい」
「クリスマスツリーか?」
「うん」
「ほなら明日、玩具屋に買いに行こか」
「ちがう~、ほんとの木~」
「そんなん売ってんのかー」
「知らん、あんのんちゃう」

りっちゃんのいつもの我儘が出てきたので、仕方なく隣町の園芸店に行ってみました。

「あるよ、ほれあそこ」

言われたその木は、とても車で運べるような大きさではありませんでした。

「どないすんねん、こんなもん」
「やっぱ無理かー、あはははっ」

彼女も諦めて、手のひらに乗る小さなツリーを買って帰りました。
その時は、それで話はおしまいでしたが、僕は実際にモミの木ってどんなものか、学校の図書館に行って調べてみました。


・日本特産の木。高山などに生える。
・標高の高いところを山歩きすると
ときどき見かける。
・小さく長い葉が枝につくさまが
なんだか特徴があります。
・よくクリスマスツリーとして使われる。
葉っぱはやや太め。

なんだ、日本のどこにでも生えてるんだ、と思ったので、少し探してみることにしました。

すぐに生駒山の山沿いで見つける事ができました。
民家が近くにあり、独立して立っているモミの木がありました。

クリスマスイブの夜、二人とも仕事があり、帰って来たのは暗くなってからでしたが

「りっちゃん、ドライブ行こか」
「今から?」
「うん、夜景も綺麗かもやで」
「そやね」

僕は前に見つけたモミの木のところへ行きました。

「ここや」
「えー、夜景なんか見えへんでー、も~う」
「ちょっと待ってや」

僕は先日訪れた時に寄った近くの家に行きました。
そして、僕とその家の子供達が

「3、2、1」

と言うと、一本の木の下から順に明かりが灯っていきました。

「わぁー」

と言う声が上がり、本物のモミの木のクリスマスツリーが現れました。

「真ちゃん、すごーい」
「これが本物や、家に持って帰らんでもええやろー」
「うん」

前日、大学の実験室にあった、工事用の連結ランプと電源コードリールをあるだけ持ち出し、そのお家の中学生と小学生の兄妹に手伝って貰い、10数メートルのモミの木に巻きつけたのです。

10分ほどで、灯りは消えました。
電気代が高くつくからです。

「もう、終わりや」
「うん、十分やわ、、、、、、真ちゃん、大好き!」

子供達の見ている前でもお構いなしに、ほっぺにキスしようとしてきます。

発光ダイオードもなく、街のイルミネーションも派手ではなかった頃でしたから、今のように、綺麗ではないですが、僕にすれば精一杯、りっちゃんにも十分だったみたいでした。

「明日、回収に来ますから」
「ありがとう、お兄ちゃん、成功したなー、僕らも明日手伝うでー」
「ああ、ありがとな、メリークリスマス」
「メリークリスマス!」

その家の兄妹にクリスマスプレゼントを渡し、お家の人にお礼を言って、その夜はうちに帰り、二人だけの聖夜を過ごしました。


明けて翌年、かなりランプが切れてしまってたので、教授に散々怒られました。

by akuma

公園で:

「海は?」
「ちょっとなぁー」

「じゃ、山は?」
「今からぁ~?」

「んじゃあ、ナンバに出よかぁー」
「ええー、何も欲しいもんないよー」
「ほならどうしたいんや」

「ずっとこうしていたい、どっこも行かんと」

「ロゼッタ、って知ってるか」
「知らん」
「こうやって寝そべってると暖かいやろ」
「うん、それで」
「何やったかなぁー」
「何やそれ、肝心のこと忘れたらあかんやん」
「まぁええわ、こうやって引っ付いて寝そべっといたら寒ないやろ、そう言う事や」
「何やよう分からんけどー」
「ええやん、寝とこう」
「うん」

僕は彼女を抱き寄せ、頭にキスをした。


by akuma

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2008年9月27日 (土)

盆踊り by akuma

夕立の後、涼しくなった街を、浴衣の帯に団扇を挿して、公園にしつらえられた盆踊りの櫓へ向かいました。
櫓から放射線状に堤燈と、何故か万国旗が吊るされています。
周りには屋台並び、裸電球の下に様々な物が並んでいました。

「なあ、真ちゃん、先に金魚すくいしよー」
「ああ、どっちがようさん取るか賭けよか」
「ええよー、うち金魚すくいは得意やねんで」
「俺も負けへんでー、小学校の時、かおりちゃんに負けて以来、誰にも負けてへん」
「かおりちゃん、て誰よー、初恋の人?」
「まあー、そうかな」
「どんな子やったー」
「どんな子、っていうても、二つ年上やったかなぁー、お姉さんみたいな感じやなー」
「ふーん、話してよー」
「しょうもない話やで、子供の頃やし」
「ええやん、話して話して」
「うーん」

りっちゃんが熱心に聞き寄るので、ぽつぽつと話始めました。

その頃、夏休みになると、僕は親父の郷里に行くのを常としていました。
親父の郷里は、裏山が1000mを超えるという山の中でしたから、都会のような遊び場などはありませんが、川や山に行けばいくらでも面白い場所がありました。
毎日のように川に出かけ、山に登り、真っ黒になって田舎の子と一緒になって遊んでいました。

小学校三年になると川のプールへ行っても良い事になっていました。
プールと言っても、川を一時的に堰き止め、子供が遊べる程度の広さを確保するだけの事でしたが、淵の深さは結構なもので、一番深いところは、ゆうに3mを超えていました。
三年生から六年生が団体になって村の消防団が堰き止めた川に出かけていくのです。
ただ、僕は地元の人間ではなかったので、誘って貰えるようになったのは4年生になってからでした。
昼過ぎになると、近所の子が誘いに来て、順番に家を廻ります。
十人ほどの団体になって、最後にリーダーの六年生の子の家に向かいます。
その年のリーダーは、かおりちゃんという六年生の女の子でした。
背が高く、長い髪をいつも後で括っていて、元気なお姉さんと言う感じでした。

川のプールに始めて行った時、かおりちゃんの

「いけー」

という合図の下に、僕はみんなに両手両足をもたれ、プールのど真ん中に放り込まれました。
それまで偉そうに言ってた僕でしたが、足の付く学校のプールでしか泳いだ事が無い僕でしたから、鼻や口から水を飲み、溺れてしまいました。
それにいち早く気が付いたかおりちゃんが飛び込んで、僕を岡に引き上げてくれました。

「はははっ、あかんなぁー、おちんちんついとんかー」

と笑うかおりちゃんの水着の胸が少し膨らんでいるのが、他の子と違うものを感じさせました。

毎日、川に入っているだけでは飽きてしまいます。
上流にどんどんと歩いて行くだけなのですが、「探検」と称して

「探検いくでー」

というかおりちゃんの号令の下、水着にビーチサンダルで、川をさかのぼっていくのです。
途中、道路と交差する所があるとそこまで行って引き返したり、次の日はそこから始めたり。
かなりの上流まで踏破していました。
手足の長いかおりちゃんはどんどん先へ行きますが、小さい子はどんどん遅れていきます。
僕は、かおりちゃんから遅れまいと、一生懸命ついて行きました。
最後には、かおりちゃんと僕だけが残っている事もしばしばでした。

「あんた、町の子にしてはがんばりよるなぁー」

と子供にするように頭をなでてきましたが、僕はされるままでした。
かおりちゃんの傍に居る事がなんとなく嬉しかったのです。

かおりちゃんは、うさぎを飼っていました。
川のプールの帰りに、クローバーやたんぽぽの葉っぱを摘んで帰ります。
真っ白なうさぎに、摘んできた葉っぱをやるのですが、小さい頃にウサギに噛まれた僕は、恐々で、ウサギの口に持っていく事が出来ません。

「あかんなぁー」

と言って、ウサギを抱えて

「ルビーちゃん、こんなに可愛いのにー」

と葉っぱを口に咥えてウサギにあげたりします。


夏休みも残り半分をきった頃のある日、いつものようにかおりちゃんを誘いに行くと、お母さんが出てきて、

「かおりはお腹が痛い、って言うとるから、みんなで行って」

とかおりちゃんは顔も出しませんでした。
仕方なく、皆でわらわらと川のプールに行きましたが、何か抜けたような気持ちになりました。

「かおりはアレになったんや」

と女の子達が話していましたが、その時の僕には何の事やら、全く分かりません。

その日から、かおりちゃんが川のプールに来る事はありませんでした。


お盆になると、都会に出ていた人や、家族で、村はいっぺんに賑やかになります。
そして、村の鎮守さまの社の前で盆踊りがあります。
いつもは静かな村ですが、倍以上に人数の膨らんだ人々が神社の境内に集まってきます。
僕も浴衣を着せられ、お盆になってやって来た小さな妹の手を引いて、社に向かいました。

何軒かある屋台の中に、金魚すくいがありました。

「にいちゃん、金魚すくい」

と言うので、ポイを貰って、

「こうやってすくうんや」

と教えていましたが、まだ小さい妹では力の加減がわかりません。
すぐにポイが破れてしまいます。

「もう、あかんわ」
「もいっかい」

と言う妹がポイを貰おうとしていたら、浴衣を着たかおりちゃんが、友達とやって来ました。
白っぽい浴衣に、何かしら天辺で巻いた髪の毛、昼間、水着姿しか見た事が無いかおりちゃんでしたから、隣の友達と比べても、ずいぶんと大人のように見えました。

「真ちゃんの妹?」
「うん」
「可愛いねー、名前は?」
「りょうこー」
「りょうちゃんやねー、お姉ちゃんと一緒にしよか」
「うん」

人見知りの無い妹は、すぐに
『かおりちゃんねーちゃん』
と呼び、手を添えられて一緒に金魚すくいを始めていました。

「あー、破れてしもたー、りょうちゃんごめんねー」
「さんぴきとれたでー、りょうちゃん」
「へたやなぁー、やっぱりょうこには無理や」
「真ちゃん、そんな言うなら、やってみい」

僕は、柳原恵比寿神社のすぐ傍で生まれ育ち、屋台の遊びの類は物心付いたころからやっていましたので、金魚すくいは得意中の得意です。ポイが破れても引き上げる技まで持っていました。

「ほな、どっちがようさん取るかやで」
「ええで」

と2人で勝負する事になりました。
ポイの紙が伸びきるまでは、互角で、10数匹を取っていましたが、僕が欲をかいて二匹釣りをしたところ、ポイが半分破れてしまいました。
ポイが半分になったら、慎重にならざるを得ません。
かおりちゃんに大差をつけられてしまいました。

「今日はちょっと調子が悪いだけや」

僕は、そう嘯いて、妹の手を取り、盆踊りの輪の中に入っていきました。

盆踊りが終わるまで、かおりちゃんの姿はありましたが、近づく事は出来ませんでした。


「ふ~ん、それで、かおりちゃんとは?」
「次の年も田舎行ったけど、かおりちゃん中学やから、川には出てこんかった」
「会うた事ないの?」
「セーラー服着て、歩いてるとこ、いっぺんだけみたわ、喋らんかったけど」
「純情な真ちゃん、今とは大違いやー」

カップに入ったカキ氷を食べながら神妙に僕の話を聞いていたりっちゃんも、純情だった頃の僕を茶化しにかかります。

「ほな、やろ」
「うん」

と言って、ポイを水に沈めたところ、どでかい出目金が、わざわざ僕のポイに乗ってきて、そのまま通り過ぎて行きました。

「あー、破れたー!」
「何やー、真ちゃん口ばっかしやんかー」
「ちがう、今日はちょっと調子が悪いだけやー」


by akuma

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2008年9月21日 (日)

浴衣と花火 by akuma

今日は土曜日、夕方JRに乗ると、浴衣の女の子がたんさん乗っていました。
2人で浴衣のカップルも居ました、今夜は神戸港で花火なんですね。
夏、花火と浴衣。良く合います。27年前の事を思い出しました。

神戸の花火も盛大ですが、PLの花火と言えば、その数、規模と言い、ダントツに華やかです。
その年結婚したY君が富田林に新居を構えたので、

「花火見にこいよ、りっちゃんと2人で」

との誘いを受けて、浴衣姿で、出かけることにしました。
Y君の家は田圃のど真ん中なので、混むと分かってはいましたが、

「こんな暑い中、浴衣で歩くのしんどい~」

と彼女が拒むので、車で出かけることになりました。

「ほなら、早う出な混むでー」
「分かってるけどー、帯が上手い事いかへんねん」
「俺が締めたる、かしてみい」
「嫌やー、真ちゃんきゅうきゅうに締めるからー」

ああだこうだ言ってるうちに、車に乗り込んだ頃には暗くなり始めていました。
八尾を過ぎる頃までは順調に流れていましたが、藤井寺に入った途端、ピタッと止まったまま動かなくなりました。

「ほら、言うたやろ、電車やったらもうそろそろ着いとった頃やー」
「そやかて、暑かってんもん」
「ああー、ほんまに動かへんなぁー」
「そんな焦ってもしょうがないやん、真ちゃんお茶飲む?」

暑い家に居て、扇風機に当たっているよりも、エアコンの効いた車に乗っている方が快適なのです。

「PLってあの清原君のおる高校やろ、何で花火大会とかするの?」
「高校ちゃうて、PL教団や、パーフェクトリバティや、お金持ちの宗教や」
「ふーん、何で花火なんやろねー」
「さぁー、何でやろ。。。。でもみんなが喜ぶから、ええんちゃうのー」
「そうやねー。。。。あっ今光った」

じりじりとは動いてはいましたが、まだまだ距離がありました。
遠くの方から、どおん、どおん、と打ち上げ花火の音が聞こえてきます。

「きれーなぁー」

とのんびりした調子で言いますが、こっちは、クラッチを入れたり、止まったり、ちっともじっとしては居られません。

「お前はええよなぁー、涼しげな顔して車のってるだけやからー」
「お前って言うなー言ってるやろー、りっちゃんやろー」
「わかったよ、りつこ姫」
「まぁええわ、それやったらー」

音と光が間近になって、ようやY君の家近くまで来たので、脇道にそれ、田圃の真中を走りました。
田圃の真中に、4階建てのマンションにポツンッと建っていました。

「遅かったなぁー、もうすぐ終わりやでー、まぁ入れやー。。。りっちゃんいらっしゃい」
「こんばんわー」

奥から新妻のゆかりさんも出てきて

「akumaさん久しぶり、こちらがりっちゃん?。。。。。始めまして、こんな田舎の遠くまでご苦労さま。」
「こんばんわ、始めまして、およばれにやって来ましたー」

Y君の奥さんはもともと地元の人で、実家も近くにあるそうなのです。

「もう終わっちゃうわよー」

ベランダに出て、間近に上がる花火を見ていましたが、しばらくすると静かになってしまいました。

「残念やったねー、せっかく来て貰うたのに」
「ううん、車の中から結構見えましたよ」
「ま、簡単なものしかないけど、食べてってや」

ゆかりさんはY君と同い年、地元の幼稚園に勤めていましたが、たまたま仕事でその幼稚園に行っていたY君と知り合う事になったのだそうです。料理も上手、そのしぐさが大人っぽい色気のある美人です。
次から次に出て来る料理に

「おいしい~、ゆかりさん料理上手~」

とか、

「これ、どうやって作るの~、後で教えてくださ~い」

と、何時になく素直に感動していました。
Y君が

「この人、朝から準備してたんやでー、そう言うてもうたら、本望やなぁー」
「それは言わないってのがやさしさってものよー」

とじゃれ合っているのは、新婚さんのご愛嬌です。


ワンゲルに居たY君、僕は自転車部ですが、白馬へ縦走に行ったり、奈良の大台ケ原に自転車で上ったり、お互いの専門を超えて、あちこちに行きました。
彼が就職してからは、ほとんど一緒に出かけることは有りませんでしたが、一緒に居て、全く気をつかう事もない稀有な存在でした。

「また、行きたいな」
「ああ、今度は4人で行こか」
「そやな、とりあえず上高地やな」
「うちも、行きたい行きたい、真ちゃん独りであっちこっち行くんやもん、うちが邪魔みたいやー」
「こいつは昔から一人旅が好きやねん、りっちゃんがどうとか言うんやないねんでー」
「そや、Yぐらいやで、一緒に行くのは」
「ええーっ、男同士でー、なんかー」
「ほんま、ふたり怪しい関係ちゃうのー」

とゆかりさんまで、変な顔して見ます。

「ほんまにそうやったらどうするー?」
「美少年やったら許すけどー、akumaさんとY君じゃあ、ごっつ過ぎるわー」
「ゆかりさん、まだY君って呼んでるのー」
「う~ん、癖になってー」
「お母さんになったら変わるやろ」
「お母さんて、えっ、出来たんか?」
「ああー、来年の2月位らしい」
「全然別れへんかったー、ゆかりさんスタイルいいもん」
「そやけど、ちょっと計算合わへんちゃうの」
「そうなの、つい最近まで気が付かなかったのよー」

この話題はりっちゃんにはちょっと辛いかなっと思いましたが、本人はにこにこと聞
いていましたので、まずは安心。

「なら、山行きは当分お預けやな、また、男同士で行こかー」
「まぁ、なんかいやらしい~」
「はははーっー」


帰り際に、ゆかりさんが

「はい、これお土産」

といって小さな袋をくれました。

「2人でやってね」
「ありがとう、何やろ」
「帰ってから開けて」
「はい、わかりました、今日はほんとにごちそう様でした。またお料理習いに来ても
いい?」
「りっちゃんならいつでも結構よ、来て来て、暇やから」
「はい」


深夜の道は嘘のように空いていました。
30分ほどで帰り着き、車を降りる時に、袋の中身を覗いていたりっちゃんが

「これ、何?」

と見せるので見てみると、藁のような物が二本入っていました。

「これ、線香花火やー」
「これが?」
「何で二本だけ何やろー」

せっかく浴衣も着ているので、深夜にも係わらず、早速、火をつけてみる事にしまし
た。

細い藁の先に塗られた火薬、その先に火を付けると、、最初、チリッ、チリッ、と小
さな火花が出てきましたが、それから今までに見たことのない火花が出てきました。

「すごい~、綺麗ねー」

一本の線香花火で長~い間楽しめました。

「もう一本有るけど、今度はりっちゃん持ってて」
「うん」


真っ暗なアスファルトの道路の上で、小さく光った玉が、大きな火花を散らし、彼女
の顔を明るく照らします。
髪を束ねた横顔が、闇の中に浮かんで、やがて静かに、暗く、闇に消えていきまし
た。

by akuma

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2008年7月22日 (火)

ビーチスタート by akuma

小さなヨット、ディンギーには競技用以外にも、リゾートを目的としたものがあります。
カタマラン(双胴船)のホビーキャットなどがそうですが、そうしたディンギーは、砂浜から出ることを目的とし、船底が真平らのスコウタイプと呼ばれています。
僕達、大学の同級生が最初に共同購入した、シースパイダーというヤマハのディンギーもそう言う範疇のものでした。

ビーチスタート、つまり砂浜から離岸できると言う事は、夏の海水浴場からも出られるということで、その目的はずいぶんと不純でミーハーなものです。
最初は知り合いの浜茶屋さんを頼って、須磨の海岸に置いていたりしましたが、1人、2人では、海まで運ぶ事さえ難しい重量でした。
夏が終わり、秋風が吹くと誰もやってこなくなり、僕は1人寂しく船を磨く事になったのです。

そんな時、ウインドサーフィンと出会いました。
重量は20kgそこそこ、値段も中古だと安いし何より場所を選びません。
自分達の車を手にした僕達は、毎週のように、秋も冬も海へ行くようになったのです。

「今度の休みは高浜にキャンプやけど、会社は何日まで休めんのー?」
「うちとこはカレンダー通りやけど、あたしは13、14、15は休みや」
「ほなら、1日送れて行こか、お盆の真っ只中やから、12日の晩から出よか」
「うん、そやけど、会社の打ち上げがあるから、帰るの遅いよ」
「夜から出たら何時でも一緒や」

りッちゃんは、地元の某共同組合の金融機関に勤めていたので、季節的な休みがあります。
で、季節毎の行事もキッチリあるので、年末の31日なんかは、帰りが夜半過ぎになったりもしました。その当時の労働基準法では、女子の深夜勤務は違反だったと思うのですが、その組合では当たり前のように、勤務以外の行事がたくさんありました。


きっちり酔っ払いで彼女が帰ってきたのは、もう、10時を回っていました。

「ただいまー」
「遅いわー」
「目いっぱい走ってきたんよー、ああーしんど」
「ほなら、その自転車も積むわ」

欲張りな僕達の車は遊び道具満載です。
屋根にはウインドサーフィン2艇、その上に自転車が2台。
リヤカーゴには、テントやキャンプ用のキッチン用品、大型のクーラーボックスなど、4人乗りの車が二人座るのがやっとです。この1年位オートキャンプが多いため道具が増え放題になっていました。

「おにぎり作っといたから、車で食べよう」
「うん、真ちゃんお茶いれてー」

飲めない彼女に誰が飲ましたのか、ぐにゃぐにゃです。
よく自転車で帰ってきたものだと思いましたが、ゆっくりしているとますます遅くなります。
彼女を車に詰め込み、冷えたお茶の入ったテルモスを渡して、やっと出発です。


夜中の国道も、この時期結構な交通量です。
やはりお盆の帰省客でしょう。家族連れがほとんどです。
すやすやと眠るりっちゃんを横目に、暗い道に目を凝らして、僕は独り、運転に集中していました。
豊中を通り、R173を北上して行きます。今ほどコンビニとかはなく、ファミレスや深夜営業の店もないので、ただただ走りつづけます。
十万キロを超えても、13KPのOHVエンジンは快調です。ヒールアンドトゥを駆使して、ブレーキを大事にし、安全に山道をこなし、綾部の手前、川沿いを走っていた時でした。
川の上に無数の光が湧き上がってきました。

蛍です。
無数の光の点が、うねるように流れていました。

「りっちゃん、起きてみ、ほらほら」
「なぁ~に」
「見てみー、蛍や蛍」
「ええーっ」

と言って体を起こした彼女は、しばらくぼんやりと眺めていましたが、

「なんか恐いよ~」

と言って体を寄せてきました。

「怖い事なんかあらへんて、ああやってメスの気を引いて、オス同士戦ってんねんでー」
「なんで戦うん?」
「そら、ちょっとでもええ女をものにするためちゃうんかー」
「へえー、蛍にもええのんと、悪いのあるのー?」
「そらー、あるやろ、数が一緒やったら、争う必要あれへんからなぁー」
「ふーん」

納得したのかどうか分からないまま、また横になってしまいました。

しばらくして、突然

「真ちゃんはええ女捕まえたん?」
「・・・・・・・・・」
「うちはええ女か?」

寝ていたと思ったのに、何を思ったか突然聞いてきました。

「当たり前や、ええ女やなかったら一緒におれへん」
「ええ女、って何~?」
「そら、綺麗で可愛いて、性格のええ女ちゃうの」
「うちの事そんなに思ってへんくせにー」
「思てるてー」
「嘘ばっかりー、時々うちの事、性格悪いやっちー、っていってるやんかー」
「それは、売り言葉に買い言葉や、りッちゃんがぼろくそに言うからや」

怒り出すと見境なくなる彼女でしたから、かなり柄の悪い言葉も発します。
その時はさすがに僕も、それなりの事を言って反撃をしていたのですが、本心などではなかったのは言うまでもありません。

「ほなら、うちの事好きか?」
「うん」
「世界一好き?」
「ああ」
「な~んか気のない返事ー」
「運転してるからや、夜道は気ー使うんやで、結構」

僕はちょっと道幅のある側道に車を止め、

車の外に出て、大声で叫びました。

「世界で一番りっちゃんが好きやー」

遠くの山から木霊が返ってきました。

「好きやー、スキヤー、スキヤー」

車に戻って、シートに腰を降ろすと、

「あほ」

と言われましたが、ドアを閉める前にルームランプに浮かんだ顔は、ニコニコと笑っていました。

若狭高浜のキャンプ地に着いたのは日を越した牛三つ時、既に前日から行っている仲間達もいるのですが、どこにテント張っているのか真っ暗で分かりません。
車の中では暑いので、取り合えず、キャンプ用のベッドと、ボンボンチェアーを出し、タオルケットをかけて仮眠する事にしました。

「海やから少ないけど、蚊が出るから、虫除けスプレーしとこう」

互いの手足にたっぷりとスプレーした後、

「鼻と目を押さえて」

顔にもスプレーします。こうしないと、顔が集中的にやられます。

寝る準備が出来たので、りっちゃんにはジンジャエール、僕は缶ビールを車のクーラーボックスから取り出してきて、

「真ちゃんお疲れさま、カンパーイ」
「はい、かんぱーい」

深夜の真っ暗な海岸で、横に並んで、安らいでいました。

「なんか目が冴えてきた」
「そら、あんだけ寝てたら。。。。俺もまだ頭の中が興奮してるから寝られへんわー」

30センチしか離れていないのに、顔もまともに見えません。
声だけが闇の中から聞こえてきます。
りっちゃんの手は僕のお腹の上に乗せていました。
僕の手はその上からかぶさって、指と指の間に指を絡ませ、親指で手の平をなぞります。

「あんなー、同期のユミちゃんが結婚すんねん」
「ああー、あの色っぽいおねーちゃんか」
「うん、あの子化粧濃いけど、色っぽいって言うんかなぁー、で、来月結婚すんねんてー」
「えらい急やんかー、出来たんかー」
「そや、3ヶ月やてー、ことしいっぱいで辞めるって言うんやけど、育児休暇取ったら、また帰ってくる、って言うねん」
「何でー」
「彼氏は同い年で、まだ今年就職したばっかりやねんてー、そやから、やってかれへんから、また働くんやてー」
「ふ~ん、2人でおったら何とかなりそうなもんやと思うけどなぁー」

まともに働いてもいない僕が、よくも偉そうな事言えたものだと、自分でも思いましたが、彼女はその事については何も言いませんでした。

会話が途切れ、波の音だけが聞こえてきます。
時計を見ると、午前3時を指していました。

「もう寝よか」
「うん」

暗闇の中、見当で顔を近づけ、唇を合わせた後、本気で眠る姿勢になりました。
それでも、しばらくの間眠れず、
『それでも明日はやってくる』
『明日は明日の風が吹く』
そんな言葉ばかり浮かんで消えて行きました。


翌朝早く、仲間のテントを発見し、ボンボンチェアーとベッドを持って、そちらに移動し、朝食の準備を始めました。
焼肉の匂いのついた網をどけて、炭を熾し直し、超大型フライパン(45cm)に卵十個分の溶き卵と刻んだハムと茹でた玉ねぎのスライス、パセリなどを加えて、オムレツを焼きます。
しっかりとかき回しながら、火が満遍なく通るようにフライパンを動かします。
この大きさでは、巻く事は難しいので、前後左右から寄せていき、山になったところで、ころころと転がします。上から粉チーズを振って巨大オムレツの出来上がりです。

「おおー、ええ匂いしてるやんけー、何時頃来たんやー」
「2時位かなぁー」

T君がテントの中から出てきました。

「りっちゃんおはよう、相変わらずキレイやねー」
「そんなまじまじ見んといてー、まだ素っぴんやねんからー」
「素っぴんでも十分や」
「嫌やわー」

とまんざらでもないくせに、下を向いています。

「りっちゃん、りっちゃん」

そばのテントの中から、彼の妹レイちゃんの声が聞こえました。
それと、聞き覚えのない女の子の笑い声と。。。
りっちゃんは呼ばれるまま、そのテントに入っていきました。

「フィアンセの彼女か?」
「そうや、今日は三人や」
「他の連中は?」
「根岸さんのボート屋さんで寝てるわ、縁台が気持ちええ、ってそのまま寝てしもた」
「後で起こしてこよ」

フォールディングテーブルを広げ、オムレツを皿に分けて、フランスパンを切ります。
パンを少し炙ろうと新しい網の上に並べていると

「いやー、ほんまー」

とりっちゃんの大きな嬌声が聞こえてきました。
そのテントに向かって、

「りっちゃん、オレンジジュース取ってきてや」
「ええーっ、今忙しいから、後でー」
「何が急がしいんやー」

テントの中で、

「ええのー」
「ええねんええねん、ほっとったら、勝手にやるから心配せんでええねんでー」
「そやそや、真ちゃんやさしいから、大丈夫やでー」

と僕に聞こえるようにレイちゃんも合わせています。

「ほなら、パンが焦げんように見といてやー」
「は~い」

三人の声がハモりながら聞こえて来ました。
『大丈夫かいなー』

車に戻り、飲み物を抱えて帰ってくると、案の定、パンは真っ黒けでした

「パン焦げてるでー」

それを聞いた三人もぞろぞろと出てきて、

「あちゃー、真っ黒焦げやー」
「食べられへんなぁー」

りっちゃんとレイちゃんが言うのを聞きながら

「大丈夫よー、ほらこうすれば」

と言って、T君の彼女は、傍にあったバターナイフで、パンの表面をこすり始めました。
すると、みるみる焦げが落ちて小麦色のパンになりました。

「へえー、よう知ってるねー」
「喫茶店でバイトしてた頃、よくやりましたから、始めまして、リカです」
「あ、こちらこそ始めまして、りつこのだんなですー」
「でも、りっちゃん幸せね、料理上手な彼で」
「いやー、普段はしませんからねー、外へ出た時は、僕の領分ですからー」
「Tは、食べるだけで、何にもしないんですよー」

それを聞いたT君は

「何を言うてんねん、夕べは一生懸命、肉焼いたやろー」
「ほかは?」
「はははー」

ま、男の甲斐性は料理上手なことではないですからね。

日本海側の夏は、昼過ぎまでべた凪の事が多く、夕方近くになって海風が出てくることが多いようです。

せっかく持ってきたウインドサーフィンも全くのべた凪では、何の用も足しません。
僕とりっちゃん、T君とその彼女4人で自転車に乗ってポタリング(自転車での散歩)に出かけることにしました。

若狭湾の中にも、いつくかの小さい湾があり、その中に三方五湖と言う湖があります。
若狭高浜から30km足らず、ちょうど良い距離にあります。
僕にとってはポタリング、散歩程度の距離ですが、後の三人にとっては、かなりの冒険だったようです。
車が横をビュンビュンと通り過ぎる国道を、炎天下の中を走るのは、一種の苦行でもあるでしょう。
それも、スピードが上がればそうでもないのですが、走りなれない足では回転が上がりません。

「ちょっと休もうよ、真ちゃ~ん」
「そや、暑ーうてやってられんわ」

りっちゃんとT君は口々に、文句を言います。
りかちゃんはそれでも頑張って僕の後ろについて来ていましたが、かなりグロッキーな様子です。

「ほな、十分休憩しよかー」
「お前なぁー、練習と違うんやから」
「止まってる時間が長いと足が動かんようになるでー」

松の木陰で休憩していましたが、りかちゃんの様子が変です。
目がうつろになり、やたらにあくびが出ていました。
『やばい、これは』
と思った僕は、彼女を横にして、ポカリスウェットを飲ませました。

「T君、りかちゃん脱水症状になってる、体冷やして、水を飲まさんとあかんわ」
「えっ、そんなに大変なん?」
「動かさん方がええわ、りかちゃん頑張りすぎたんや、俺は車取りに帰るから、動くなよ」

僕は、真昼間の国道をひた走り、キャンプ地に戻りました。
僕自身も暑さに参っていましたが、りかちゃんの様子はかなり危険でした。
ペットポトルを片手に車を飛ばし、彼女らのいる場所まで戻りました。

「小浜の根岸ボートで104して、近くの病院を教えて貰って、りっちゃん!」
「はい、」

携帯電話もない時代です。地元の人に聞いて、盆休みでも見てもらえる病院に電話しました。
小さな診療所ですが、すぐに見て貰うことが出来ました。

「まぁ、そう心配はないでしょう、しばらく休んでいたら、大丈夫だと思うよ」

年老いた院長は、ニコニコしながら、自ら点滴を打ってくれました。

「この暑いのに外をうろうろせんでも、海に入っとりやええのにー」

それはそうなんですが・・・・・・・

T君を残し、僕とりっちゃんはキャンプ地に帰ってきました。

「真ちゃんのせいやでー、りかちゃん」
「俺ー?」
「そやー、自分はええかも知れへんけど、普通の人はしんどいねんでー」

『俺は普通の人違うんかー』、とは思いましたが、

「うーん、りっちゃんと違うて、りかちゃん真面目そうやから、頑張りすぎたんやなぁー」
「うちは真面目やないんかいなー!」

と言って、すごい形相になって蹴りを入れてきます。

「りかちゃんはええなぁー、やさしい人がそばに付いてて」
「俺はやさしないんかー」
「真ちゃんは気分屋やー、ええ時はええけど、自分のしたい事してる時は、うちの事なんかほったらかしやんかー」

『うーん、痛いところを突いて来ます、普段は見せない懐刀をこんな時に・・・・』

「りっちゃんが、ええでー、待ってるよー、っていつも言ってるやないかー」
「ほんまに人の気持ちのわからへん奴や、真ちゃんはー」

分かってはいたのです。ただ僕は、りっちゃんのやさしさに甘えていただけなのは、十分に分かっていたのです。


昼の流しそうめんは終わっていて、大量の伸びたそうめんが待っていました。
僕達は生ぬるいそうめんで昼を済ませ、ボート屋さんの軒下で昼寝をしていました。

「ごめんねー、心配かけてー」

りかちゃんが病院から戻ってきました。
顔色も良くなり、ニコニコしながら僕たちの横に立っていました。

「もうええのー」
「大丈夫やったー?」
「もう大丈夫」
「そうかー、良かったー。お昼は?食べたー」
「うん、T君と一緒にお蕎麦屋さんに行ったの」
「ごめんなぁー、僕が気いつけていればよかったんやけどー」
「ううん、私のほうこそ、ごめんなさいねー」
「まあー、元気になってよかったねー」
「皆でカキ氷食べよー」
「そやなぁー、そうしようかー」
「俺は泡の出るやつの方がええなぁー」
「俺も」
「あんたらはそうしとき、うちとりかちゃんは氷の方がええ~、なあ」
「あたしも泡の出るやつがいいかも」
「ええー、りかちゃんもこいつらの仲間かいなぁー」
「はははーっ、氷に泡の出るやつかけたらええやないかー」

北西の海にでっかい太陽が沈もうとしていました。

ボート屋のばあちゃんから、でっかい冬瓜を貰ったので、夕食には冬瓜のスープを作
る事にしました。
焼こうと思って持ってきた鶏もも肉を切り、大きめのコッヘルでシイタケニンジンと炒めて、後は小さく切った冬瓜を入れてじっくりと煮込むだけです。味付けは塩、酒、中華スープの素、最後に水で溶いた片栗粉を少々、お好み焼き用に持ってきた干しえびを入れたら完成です。

もう1つは、45cmフライパンを使って鉄板焼き、お好み焼きです。
もも肉を焼いてる横で、お好み焼きを焼きます。
鶏の油がお好み焼きに染み付いて、底がカリッと焼けます。
小さいのなら同時に3枚ほど焼けますから、思い思いに焼いて貰って、取り分けていきます。
最後に焼きそば。
大量の豚肉とキャベツを放り込み、じゃんじゃんと炒めていきます。
少し、しなっとなったら5玉の中華そばを入れ、中華スープの素をと水を加えて蓋をします。
この蓋、本来は田舎にあったお釜の蓋だった分厚いものですから、しっかりと中の物を蒸してくれる圧力鍋のような効果があります。沸騰して水分が飛び始めたら、重い蓋を取り、3人がかりで混ぜます。
僕とT君がこてと箸で混ぜ、りっちゃんはフライパンがひっくり返らないように、柄を持っている係りです。
完全に混ざり、水分が飛んだら、一旦調理終了です。
半分をボールに取り、残りに塩と胡椒で味付けをし、最後に醤油を回しいれて再びかき混ぜます。
塩焼きそばの完成です。
これが食べ終わったら、ボールに置いといた残りの焼きそばを放り込み、今度はソースで味付けします。最初はウスターソース、水気がなくなったら、特製どろソース(お好み焼き屋のおばちゃんに貰った)を掛けて、再び3人がかりで混ぜます。

すべての調理が終わった頃には、僕とT君は汗だくになって、上半身汗だらけでした。

「あつぅ~」
「ご苦労さん、はい」

と渡されたビールを一気飲みし、焼きそばを口に放り込みます。
T君も、ビール片手に焼きそばをほおばって、

「うめー、外で食べる焼きそばって、なんでこんなに美味いんやろかー」
「そりゃーりかちゃんとりッちゃんが可愛いからやんかー」
「ええー、何でー、可愛ないとは言わんけど」
「可愛い子に美味しいもん食べさせよう、って頑張るのが男やんかー」
「なあなあ、そしたら、うちらが、ぶちゃいくーで、性格悪るー、の女やったら?」
「そら、センブリまぜとくわ、少なくとも健康にはええやろ」
「まあ、それ以前にここにはおらんやろ」
「確かに」

それを聞いてた妹のレイちゃんが

「あたしにも一生懸命してくれる男おれへんかなぁー」

と言うのを聞いた、他の男連中が

「レイちゃんのためやったら、何でもするでー」
「俺もー」

と言うのを聞いたT君

「そんな事言うたら、どんな無理難題押し付けられるかわからへんぞー、自慢やないけど、うちの妹はたいがいわがままなんやから」
「兄ちゃんは黙っときー」
「へえへえ」

レイちゃんは小柄ですが、昔の秋吉久美子に似た別嬪さんで、小悪魔タイプの女の子です。
何不自由のない家庭で育って、わがままというより、賞味素直な性格で、思ったことをずばずばと言う、と言うのでしょうか、男からも女の子からも好かれていました。

「そんなにレイコにご奉仕したいんやったらー、かき氷のレインボー」
「えっ、レイちゃん昼間も食べとったやない」
「ええねん、あたしはかき氷が食べたいのー」
「ほなら、ボート屋さん行こうかー」
「真ちゃん達はー」

僕とりっちゃん、T君とりかちゃんは残る事にしたので、ご飯を食べ終えた、レイちゃんと三人の男共は、賑やかに、夜も営業している浜茶屋へと向かいました。

三人の男の子は、レイちゃんの同級生で、本来は別のグループで海へ来るはずが、女の子2人がドタキャンしたため、僕たちに合流する事になったのです。

急に静かになった火の周りで、T君が話しはじめました。

「来年から、リカもうちの家に住むやろー、お袋だけでも色々気ー使うのに、レイコは見ての通り、あんなパッパラパーやから、あんな小姑で大丈夫やろかー、って心配してたんやー」
「ううん、レイちゃんはいい子よー、おねーさんおねーさん、ってすぐに打ち解けたし、ちっとも気を遣わすようなことはなかった」

リカちゃんはりっちゃんと同じ年で、レイちゃんと二つしか違いませんが、大人しいリカちゃんの方が、2人より、かなり年上に感じられます。
へたすると、リカちゃんの方がオネーさんに見えなくもない位です。

「リカちゃんしっかりしてそうやもんなぁー、誰かと違うてー」

間髪を入れず、りっちゃんの蹴りが僕の脹脛に入り、砂を巻き上げました。

「ぺっ、ぺっ、何すんねん、砂が顔に掛かったやろー」

それには何も答えずに

「リカちゃん。リカちゃん大人しそうやから、黙っとったらあかんでー、お義母さんにも、レイちゃんにも、思うた事は何でも言いやー、それの方が後々のためになると思うんよー」
「うん、りっちゃんやレイちゃんみたいには行かへんかも知れへんけど、頑張ってみるわ」
「ううん、頑張らんでもええと思うんよ、リカちゃんはリカちゃんのまま、普段通りで、本当のお母さんにするようにしたらええと思うねん、なぁ、Tさん」
「うん、りッちゃんはなかなかええ事言うわ、いわば、平常心やな」
「ヘイジョウシン?」
「りっちゃんに難しい漢語は通じひんでー」
「真ちゃんは黙っといてー、人が真面目に話ししてるんやからー」
「はいはい」

「平たい、常の心、普段通りの心って事やなぁー」
「ふーん、そっかー、平常心かー」

いつになく真面目に話していて、何か思うことがあったのか、それからのりっちゃんは無口でしたが、普段良く似たテンションのレイちゃんが帰ってきて、

「りっちゃーん、リカさーん、花火しよー、いっぱい買ってきたからー。。。。根岸のおばーちゃん、もうお終いやから言うて、全部貰ってきてん」
「うっわー、すごい数や」
「なあなあ、早くやろーよ」

8人がかりで、約2時間、硝煙の匂いで、みんな気分が悪くなりました。

翌日、りっちゃんはもう1日休みが会ったのですが

「休みの最終日ぎりぎりまで遊んでいると、家の事が出来けへん」

という事で、T君たち一行と夜には大阪を目指すことにし、今日一日はたっぷりと海で遊ぶことにしました。

せっかく持ってきたウインドサーファー、僕もりっちゃんもさほど上手くはないのですが、2組に分かれて、それぞれが臨時コーチとなりました。

僕は、T君とりかちゃん。りっちゃんは少し経験のあるレイちゃんとそのご一行です。

リカちゃんは背はりっちゃんとさほど変わりませんが、そのダイナマイトなボディがピンクのビキニからはちきれそうでした。

少し離れた所では、りっちゃんがいつものオレンジの蛍光色のビキニで、海に浮かんだセールを引き上げていました。
軽々とセールを持ち上げて、スイーッと走り、男の子達の視線をくぎ付けにしていました。

「あーん、りっちゃん格好ええなぁー」
「レイちゃんもこれくらいやったらすぐに上手になるわー、真ちゃんもうちも今年から始めたんやでー」
「次あたしなー」

と順番を待つ男の子を押しのけ、ボードに飛びついていました。

一方僕のボードでは、T君はバランス感覚が抜群で、すぐにコツを掴んで、十数メートルを真っ直ぐに走る事が出来ました。
なかなかボードに立ち上がり、セールを引き上げられないリカちゃん、T君に押さえて貰ってやっとセールを引き上げるのですが、バランスを崩して、セールごと海の中へ。。。。

でも、朝から少ーしだけ海風が吹き、曇りがちだったのも丁度良かったのでしょう。
昼ころまでには全員、何とかセールを握ってボードに立つ事が出来るようになりました。

昼になると風が強くなり、初めての人には扱えなくなってきました。
みんなが岡に上がった所で、僕とりっちゃんは丁度手頃な風に向かって、2人で沖へ上って行きました。
まだ、ジャイブが下手な2人ですが、タックはりっちゃんも難なくこなすので、タッキングを繰り返してどんどんと沖へ出て行きました。
僕がタッキングしたら、りッちゃんもタッキングして同じ方向に。
りっちゃんがタッキングしたら、僕が並んでタッキングする。

いつの間にか、浜の人々が小さな点にしか見えません。

「帰ろか」
「うん」

アビームから下り気味ななると、どんどんスピードが出てきます。
プレーニングで波の上を跳ねながら、りっちゃんがなにか言いました。

「・・・・・・・・・・・・・・・・やー」
「何ー」

少し近づいて、もう一度

「真ちゃんが傍におったら安心やー」

僕は聞こえないふりをして、

「聞こえへーん」

と言い、首を振っていましたが、りっちゃんは浜に帰るまで、ニコニコと気持ちよさそうに、髪をなびかせていました。


午後から全く太陽が見えなくなって、いつ降り出しても可笑しくない状況だったので、早めに片付け、ボートやさんに避難する事にしました。
ばたばたと片付けていると、海の向こううで、ピカッ、と光り、だいぶ経ってからゴロゴロと響いてきました。

「近づいてくるでー、とりあえず、濡れんうちに車に放り込んで行こう」


すべての荷物を積み込んだ頃から、パラパラと降り始め、ボート屋さんに集合した頃には、土砂降りになっていました。

「ひゃー、びしょびしょになったわ」

と言いながら、レイちゃん達も来ました。
目の前の小島に閃光が落ちたと思った途端、

「どっかーん、ばりばりっー」

とキョーレツな雷が落ちました。
雨は強さをまし、ボート屋のトタンの屋根に叩きつける雨の音で、話す声さえも聞こえないくらいです。

「夕立?」
「いや、寒冷前線の通過やな、涼しくなるわ」
「寒冷前線?」
「夏の終わりや」
「終わり?」
「すぐに涼しくなるって言うわけじゃないけど、これを繰り返しながら、北の空気が、南に下ってくるんや」

ボート屋さんで、皆あんみつを食べ、帰り支度を始め、根岸の皆さんに挨拶していました。
ばーちゃんは

「また、おいでなや、待っとるでな」
「おばーちゃん、うち、また来年も来るから、元気にしててや」

りっちゃんがおばーちゃんに抱きついていました。
ばーちゃんは「うんうん」と言いながら、背中をさすっていました。

「ほな、元気で、また来年来ますよってに」
「さよならー」
「さよなら。。。」
「さよなら・・」

それぞれ挨拶を交わして、車に乗り込みました。
もう雨も小降りになって、向こうの方から光が差してきていました。

3台の車で、大阪へ向けて、ゆっくりと走っています。
先頭にレイちゃんの同級生の子が運転するトレノ、次にT君のBMW、僕達の車の順に、ぴったりと寄り添うように走って行きました。

信号で止まった時に、先頭の車からレイちゃんが降りてきて、前のりかちゃんに窓越しに何かを渡していました。次に僕たちの車に来て、

「お菓子」

と言ってそのまま乗り込んで来て、

「ユージ、あたしこのままこの車にしばらく厄介になるから」

ちょっと間が空いて

『リーカイッ』

と言うこもった声が聞こえてきました。
トランシーバーです。
おもちゃみたいな物でしたが、この近距離だったら十分に聞こえます。

「レイちゃん、何か嫌な事あったんかー」
「ちゃうちゃう、りっちゃんと喋りに来ただけやー、邪魔やったー、真ちゃん」
「いや、全然かまへんけどー、三人もええ男がおんのにー」
「あかんよー、まだ子供やもんあの子らー」

同級生だと言うのに、ずいぶんと上から見ているものです。

「りっちゃん、あたし、今度な、ウェディングドレスのモデルになんねん、お母ちゃんの知り合いのデザイナーさんとこの」
「ええーっすごいやんか」
「でな、お母ちゃんが、りっちゃんも誘といてー、言うて」
「ええよー、見に行っても」
「ちゃうちゃう、りっちゃんもモデルさんなんねんやん」
「えーっ、うちがー?」
「そや」
「りかさんはー」
「りかさんはもうすぐ本物着るし、おっぱいが大きすぎて色っぽ過ぎるー、言うてお母ちゃんが、りっちゃんやったらシュッとしてはるし、ぴったしやー言うて」
「ええーっ、うちでええのん?」
「ええどころやないよー、このあたしが行くねんでー、りっちゃんがあかんわけないやん」
「ええやん、行ったらー」
「まだ、先やから、日にちだけ空けといて、日曜やから大丈夫やろー」

はっきりとは返事はしなかったものの、そう言うことになったようでした。

日が傾き、大阪に近づいていました。

「レイちゃん、もう7時前や、どっかで晩飯せなあかんやろ、前に言うといて」
「はいはい、ユージ、もう7時なんで、どっか晩御飯食べられる所で、停車して下さい、どうぞー」

「了解、レイちゃん、何がええ? どうぞー」
「何でもええよー、車が停められて、何でも有りそうなとこやー、どうぞ」
「さと、で良いでしょうか?どうぞ」
「はい、良いですよ」
「了解っ」

「なっ、ご飯食べるのでもいちいち聞かなあかんやろー、そんなんいちいち聞かんでも分かると思えへん?」

僕もたいして変わらへんなぁー、とは思いましたが、

「それも経験ちゃうかー、学校では教えてくれへんからなぁー」

彼らは、阪大に通ってるゆーじ、を筆頭に、関西の有名大学に通う、所謂、ええとこの子、でした。
勉強が出来ても、レイちゃんを満足させられるタイプではなさそうでしたが、レイちゃんに惹かれるのも良く分かります。


そのころ、あちこちに出来始めたファミリーレストラン「さと」に入って晩飯を食べる事になりました。

「りか、あと運転してくれるやろー」
「ええよ」
「えっ、りかちゃん運転出来んの?」

おっとりしているように見えるリカちゃんが運転免許を取って、実際に運転もすると言う事を聞いて、りッちゃんもビックリしています。

「普段も結構運転するのよ、結構、田舎やもん」
「うちも回りは田んぼやけど、自転車やー」


豊中を過ぎ、外環に入ったところで、皆の車と別れました。

「りかちゃんもレイちゃんもお金持ちの子なんやねー」
「そらそうやけどー、それがどうかしたんかー」
「うらやましい、って事やないんやけど、りかちゃんもレイちゃんもTさんもええ人ばっかりやけど、世の中なんか不公平やなぁー、ってちょっとだけ思う」

それは確かにそうですが、それは言ってはいけない事のように僕は思っていました。
生まれ育った環境による事もありますが、それをどうこう言ってたら、何も希望が持てません。

「今からや。T君の親父さんも無一文から商売始めたんや、T君はたまたま二代目に生まれた、でも果たしてそれが幸せかどうかわからへんやろー」
「りかちゃんはきっと幸せや」
「それは外からはわからへん、僕らの知らんところで苦労があるかもしれんやろ?りつこ、お前、俺と居ったら幸せになれへん、って言いたいんかー?」
「ちがうちがう、そんな事思てへん、真ちゃんが傍に居ってくれたらうちはええねん」

僕自身も、世の中は公平ではない、とは思っていましたが、決して不幸だとは思いませんでした。
設備の整ったヨットハーバーから船を出そうが、ビーチスタートで船を出そうが、海へ出たら同じです。
己が裁量と技術で、大海を渡っていくのです。


僕達は、1つの船に乗り、今まさに砂浜から離岸しようとしていたのかも知れません。
明日の食料、ライフジャケットも積まずに。。。。。

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2008年7月19日 (土)

水平歩道 by akuma

吉村昭の「高熱隧道」を読んでいたら、無性に黒部峡谷に行きたくなってしまった。

黒部峡谷の下の廊下には、日電歩道、通称 水平歩道と呼ばれる、幅1メートルほどの
絶壁に切られた道があります。
トロッコ電車の終点から半日、黒部第四ダムからも1日かかる所に、阿曽原温泉とい
う露天風呂があります。
黒部峡谷に面した絶壁にあり、景色は抜群、山渓にも、ときどき紹介されていました。

「なあなあ、りっちゃん黒部で露天風呂入りに行かへん」
「黒部?信州?」
「黒四ダムからな、歩いて1日ぐらいかな、400mの絶壁に細~い道が延々と続いてんねんでー」
「何でそんなとこわざわざ行って、温泉入らなあかんのー、白浜温泉とかでええやん」
「男のロマンが分からんやっちゃなぁー」
「真ちゃん、変なとこばっかりやん、あたしは嫌やー」
「おもろいと思うんやけどなぁー」

1人で行くのも寂しいので、後輩のS君に電話すると、二つ返事で、「行きます」と言う。
ただ、S君は自転車ではベテランでしたが、本格的に山に分け入るのは初めてでした。
山靴やリュックなどの装備一式を揃えて、初めての山行(全然上には登らないけど)と言う事になりました。


巻き寿司のお弁当を持って、梅田まで送りに来てくれたりッちゃんも、僕達2人の会話に入り込んで、

「行けば良かったかなぁー」
「そやそや、行こかー」
「でも、足手まといになりそうやしな」

ちょっと残念そうなりっちゃんをホームに残して、夜行列車は走り出します。

夜行の電車も秋にもなると少し空いています。
4人掛けのボックスを2人で占領して、ゆったりと座っていました。
リュックの中にも500mlの缶ビールが2本づつ入っているのですが、これは山へ行ってからのお楽しみ、特製キムチも温泉で楽しむつもりですから、KIOSKで買った冷えたビールで、乾杯、明日のために足を投げ出し、眠る事にしました。


明朝、早くに信濃大町に到着、バスで扇沢まで行きます。
扇沢からはトロリーバスで黒四ダムへ・・・
ここで観光客とも、一般の山屋さんとも離れ、僕達2人はダムの下へと、急な階段を下りていきます。
黒部川第四発電所、俗に黒四ダム、高さ(堤高)は186m。
本当に見上げるようなとはこの事だと思いました。
放水口から出る大量の水が飛沫となって、霧がかかったようになっています。
雨でもないのに濡れるのは嫌だなぁー、と思っていたら、雪。
まだ末とは言え、10月です。
冬山の装備は何も持っていません。
『積もらんけりゃ、いいけどなぁー』
と思っていたら、その不安を察知したのか、S君が


右は垂直に近い絶壁です。


「大丈夫ですかねー」
「テントも燃料もたっぷりあるし、いざとなったら関電のトンネルもあるから、大丈夫」

と言う言葉に安心して、川沿いの道を下って行きました。
しばらくして、左岸に渡り、所謂、水平歩道、30.1kmの始まりです。
ここから、観光用のトロッコ電車の終着、欅平まで延々と続いています。

詳しい写真などは
http://homepage.mac.com/izunton/BlueforceFiles/horzntlpas.html

十字峡の手前で、ますます雪が激しくなり、橋の上、道の上に積もり始めました。
寒さも増して、今日中に阿曽原温泉に着くのは難しくなってきました。
ここは無理をせず、広い場所を探してビバークする事にしました。

この日は鳥釜の素を使って飯盒で飯を炊き、キムチを少し出して、缶ビールを1缶空けました。
わざわざ冷やさなくても、十分に冷えてます。
1つの飯盒を二人で分け、満腹し、しばらくあれやこれやと喋っていましたが、初めての山歩き、ビールの酔いも回ったのか、S君は早々に眠ってしまいました。

僕はまだ頭が冴えていたので、外の雪をホーローカップに詰めて来、ポケットボトルのウイスキーをなみなみと注ぎました。

『りっちゃん連れてこんで正解やった、文句ばっかりで進まんかったやろなぁー』

とぼんやりと思いながら、いつしかうとうとしていました。。。。


翌朝は、打って変わって快晴。
阿曽原温泉には早く着き過ぎるなぁー、と思っていたのは甘かった。

仙人谷ダムをトロッコ列車の起動の横を渡り、少し登ったら、黒部峡谷でも、最も狭い部分に差し掛かります。
下っていくと、小さなビル一個分の雪渓が道を塞いでいます。
雪渓も大きな口をあけたクレバスが何本も走り、簡単には登れそうもありませんでした。

「どうします?」
「しゃあない、登ろう」

向こう側までどれ位距離があるのか分からないので、取り合えず、僕が崖を攀じ登り、向こう側までの距離を確かめに行きました。
雪渓が道を塞いでいるのは、せいぜい30m、その向こうはまた、水平の道が続いていました。

「俺が足場確認しながら移動するから、あとついて来い」
「はい、ついて行きます」

と不安げなS君に喝をいれて、ゆっくりと崖を登って行きました。
一歩一歩、足の置き場を指示しながら、ゆっくりとゆっくりと移動していきます。

「その出っ張りに足置いて、次に手を返して」

と、後に指示をしながら、自分も足場を確認しながら前へ進みます。

ようやく雪渓の上を越え、向こう側に着くまで、小一時間も掛かったでしょうか。
そういや、歩道に入ってから、誰にも抜かされず、誰にも会っていませんでした。
ちゃんと情報を得てたら、ロープの一本くらい用意していたのにと、段取りの悪い自分を自嘲してしまいました。

昼過ぎには阿曽原温泉に到着しました。
小屋の人に声を掛け、温泉へと向かいました。
午後の2時だというのに、もう太陽が山に隠れています。
この渓谷の中では、まともに日の当たるのは、昼間の2~3時間だと言う事です。

「さぶさぶ~」

と言いながら裸になり、コンクリートの湯船に浸かりました。
湯船に入ったまま、持ってきた、500mlのビールをそれぞれに持って、

「かんぱーい、お疲れー」
「カンパーイ、お疲れ様でした」

特製キムチをほおばり、ビールをぐいっ、たまりません。
向かいは直線距離で、300mほどの所に絶壁が紅葉しています。

最高です。
『これはりッちゃんに見せたかったなぁー』
と思いながら、もう一本のビールに手を出していました。


翌日も快晴、暑いのでシャツを脱ぎ、Tシャツ一枚で歩きました。
遠く駅のアナウンスの音が聞こえ、稜線伝いに下り、ぽっと出たところが欅平駅です。

まだ昼前、宇奈月までに途中下車して、鐘釣温泉、黒薙温泉と回って魚津に出た頃にはあたりは暗くなっていました。

「もしもし、俺」
「どうしたん、今日帰ってくるんやなかったん?」
「雪でな、時間が掛かって、1日工程が伸びたんや」
「どっかで遊んでたんとちゃうのん」
「そんなゆとりあるかいなー」
「ほんまー?」
「それよりな、りっちゃんも行けるとこで、いっぱいええとこあるわー、今度電車で行こう」
「分かった、ほな気を付けてね」

深夜の夜行を待ち、家にたどり着いた頃には、彼女は出勤した後でした。


by akuma

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七夕の夜に・・・・つづき by akuma

本来、グレオリオ暦の八月八日頃に行われる七夕は、秋の季語でもありますが、
もう最近では、笹に願い事を書くのは、暑い時と相場が決まっているようです。


「さあさあ、短冊に願い事書いて、よーくお願いするのよ」

お母さんの掛け声で、皆、短冊に思う思いのことを書いて、手すりに結わえられた笹に括りつけていきます。

「真ちゃんは何かいたん」
「決まってるやんか、りっちゃんは何て書いたん?」
「内緒・・・」
「なんや、見せてみいやー」
「嫌やー」
「後でこそっと見よー」
「あかんでー、真ちゃんに見られんように、帰りに結ぼうっと」

短冊を袂に隠して、部屋の中に引っ込んでしまいました。


ラウンジに備え付けられたカラオケで散々遊んで、参会となりました。

「またねー、りっちゃん、真ちゃん」

T君の妹のレイちゃんは酔っ払ってご機嫌で、りっちゃんの手をなかなか離そうとしないので、結局、谷九の駅まで付いて来ました。それにつられて同級生の女の子たちも一緒に地下鉄の駅までお見送りです。

「なんかいいよねー、真ちゃんとりっちゃん」
「わたしも真ちゃんみたいな彼氏欲しいなぁー」
「そうそう、真ちゃんやさしそうやもんなぁー」

と口々に他人の彼氏を褒める物だから、当人はまんざらでもありません。
僕も、酔った勢いで、

「ほなら、りっちゃんと別れたら付き合ってくれる~?」
「ええー、そんな事言ってええのー」

と言う言葉が終わらないうちのに、わき腹に痛みが走りました。

「痛ってーっ」

何事もなかったかのようにすましている彼女が、渾身の一発を僕のわき腹に入れてきたのでした。

「ほらほら、そんなこと言うから、織姫さまご機嫌ななめよ~」

と皆で僕たちを囲んで、にこにこと笑っていました。


「ははっ、ほならレイちゃん、みんな、またなぁー、いてて」

と、改札を抜け、ホームに下りて行きました。

「あんな思いっきりどつかんでもええやないかー、まだ痛いわー」
「だって、真ちゃん、鼻の下が1メートル位に伸びてたんやん」
「そんなん、冗談やんかー」
「いいえ、あの水色の浴衣着てた子と、仲良く話してたしー」
「別にふつ~に話してただけや」
「楽しそうやったー」

と言って、また同じところを突いてきます。

「もう、わかったー、僕が悪うございました、他の子と仲良くしませ~ん」
「ほんまにー」
「ほんまや」

人気の少ないホームの壁に彼女を押し付け、唇を合わせました。

「またーっ、そんなんで誤魔化されへんねんからー」

と言う口を塞ぎ、きつく抱きしめていました。
彼女の手が、僕の背中に回ってくるのを感じて、少しほっとしました。


家に辿り付き、ほとんど酔っ払いのりっちゃんを布団の上に転がし、浴衣を脱がせて、僕も汗臭くなった浴衣を脱ぎました。

「どうする、風呂沸かす?」
「うーん、しんどい、あとでー」

と言いながら、眠りかけている彼女の横に短冊がはらりと落ちていました。
短冊の裏には

「今度は元気な赤ちゃんが授かりますように」

と書いてありました。

風呂が沸く間、下着姿のりっちゃんの傍に横たわり、その長い髪を分け、じっと顔を見つめていました。

by akuma

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2008年7月 5日 (土)

七夕の夜に by akuma

地元のスーパーで買った浴衣は、ぺらぺらでしたが、着物になれていない僕たちにとってはちょうどいい位でした。本物だったら暑くてしようがなかったでしょう。

友達が実家の新築祝いに呼んでくれたのは七月七日、七夕の夜でした。
地下一階、地上4階の大きな家です。
1階と地下は、卸の商売をしている実家の業務用ですが、2階から上は立派な住宅で、特に最上階は展望のいいラウンジと、テラスになっていました。
大阪のど真ん中ですが、上町台地の小高い所にありましたから、大阪の夜景は絶品でした。

「なあなあ、真ちゃん、帯これでええやろか」
「ええんちゃう、この本の通りになってるで」

本を見ながら、「蝶々結び」なる物に挑戦して、僕が結んでみました。
桃色の浴衣に深紅の帯が艶やかです。
僕自身は、鹿の子の柄に濃紺の帯、誰でもできる「貝の口」です。

僕は高校生の頃から愛用の下駄を・・・・
りっちゃんはこの日のために買っておいた朱塗りの下駄を履いて、まだ明るい街を地下鉄に乗って出かけました。

「なあ、立っとこう、なんか座ったら着崩れしそうやわ」
「ええで、立ってる方が格好ええしな」

日本橋で近鉄に乗り換え、谷町に向かいます。
谷九は僕が毎日バイトしている所でしたから、庭みたいな物です。
からんころんと音をさせながら、古い通りを歩き、友人の家に到着しました。

「いやー、別嬪さんやねー、若い子は浴衣姿が映えるわねー」

と迎えてくれた友人の母も上品な浴衣姿で、年季の入った着こなしです。

「おおー、ようきたなぁー、りっちゃんいらっしゃい、去年のキャンプ以来やねー」
「こんばんわ、お言葉に甘えてお邪魔しました」
「何をお上品な事言ってるんやー、同じ釜の飯食った仲やないかー、さぁ、遠慮せんと上がってくれや」

そう、去年の秋口に、その友人T君とその妹と、ほか数人で九頭竜湖に行ったのです。
大学は違っていたけれど、ちょくちょく一緒に走る、数少ない自転車仲間の1人です。

家の中心近くにある、住宅用としてはずいぶんと大きなエレベーターに乗って、最上階へ向かいます。

「でかいエレベーターやなぁー」
「仕事でも使うからな、業務用や」

扉が開くと、眼前には大阪の町並みが一望でした。

「きれいー、景色ええわー」

ちょうど沈みかける夕陽が赤く、街をシルエットにしていました。
まだ、高層のマンションが立ち並ぶ前でしたから、見通しもよく、よくぞここに、この家を作ったと感心しました。

「こんばんわー」
「いやー、りっちゃん久しぶりー」

昨年まで高校生だった妹さんも大学生、浴衣は着ていないものの、ノースリーブのボディコンが大人っぽく見えます。
りッちゃんは友人の妹に引っ張って行かれ、先に来ていた妹の同級生と共に、賑やかに喋り始めました。

「なあ、真ちゃんも学校終わりやろ、どうすんの」

唐突に話し始めた友人は、りッちゃんのファンですから、僕の優柔不断を嘆いているのです。

「まあ、なるようになるわ」
「またそれや」
「そういうTはどうすんのー」
「俺は来年結婚する事に決めた、もう部屋まであるからなぁー、逃げられへんわー」

T君は学生時代から付き合っていた彼女と、来春からこの立派な家で暮らすそうなのです。

「俺はまだ学生やからな、一応」
「それや、もうええ加減やめてまえや、大学おったってなんもええことないやろー、学費も馬鹿にならんし」
「それはそうやけど、もうちょっと走りたいしな」
「ま、お前はそれが生きがいみたいやからなー」

エレベーターから、山盛りのご馳走を積んだワゴンを押してお母さんが出てきました。

「さあさあ、レイちゃん、手伝って、ついでにあなたたちも、女の子はこんな時役に立ってもらわんと、嫁に貰ってくれへんよ」
「はーい」

と言って、ぺちゃくちゃ喋っていた女の子たちとりっちゃんが、テーブルの支度をしていました。

「親父さんは?」
「今日は北海道や、仕入れに行ったわ」
「えっ、親父さんが呼んでくれたん違うた?」
「そやねんけど、急に会社やめた人がおってな、やむにやまれずや」
「ふーん、それやったらお前が行ったらええやんか」
「俺みたいなぺっぺーが行ったら足元見られるだけや」
「そんなもんかー、専務さんやろー」
「肩書きなんか、何の意味もない、ただ、跡取と言うだけや、何もせんむー、ってな」

と、少し寂しげな表情になったのは、それが嘘ではない証拠のような気がしました。

「さあ、あなたたちもグラスを持って、乾杯するわよー」

主賓がいなくても、この肝っ玉母さんの明るさだけで十分です。

「はーい、乾ぱ~い、北に向かってお父ちゃんにも乾ぱ~い」

テラスのバーベキューコンロに火が入り、美味しそうな匂いがしてきます。

「真ちゃん、ちょっと帯緩めてくれへん、食べるのに苦しいわ」
「何や、色気のない話やなぁー、辛抱せいや、ここで触ったら、よう結べへんでー」
「なんよー、自分はゆるゆるにしてたけど、あたしの思いっきり締めてたでしょー」
「はいはい、喧嘩せんとー、おばちゃんが見たげるから」

と言って、お母さんが割って入ってきました。
2人で奥に行くと、しばらくして、

「真ちゃ~ん、お母さんさすがやわ、これやったら安心して動けるわ」
「へー、やっぱ違うんかなぁー」

お母さんの着付けは、たぶん本物です。
これは友人から聞いた話ですが、お母さんは、芸子さんをしていて、若かりしお父さんが、駆け落ちばりに、まだ二十歳そこそこのお母さんを連れて、東京へ逃げたそうです。
それから商売を学んで、大阪へ帰ってきてから店を構え、順調に大きくなったのです。
今でこそ、「仕事ばかりでちっとも色気がない」と母親はこぼすそうですが、子供の目から見ても仲の良い夫婦だそうです。

「ちょっと肩を抜いた方が、着崩れしないんだってー、楽やしー」

確かに何がどう違うのか説明できませんが、安物の浴衣でも、妙に色っぽく見えました。


あまり酒には強くない彼女は、ベンチに座り、僕の背中に凭れて、空を見上げていました。

「天の川、見えへんねー」
「大阪は明るすぎるからなぁー」
「真ちゃんが牽牛さんで、あたしが織姫さま、一年に一辺だけやでー、真ちゃんどうするー」
「べつにどうもせえへんがな、いつでも会えるんやから」
「ちゃうって、ほんまに一年に一辺しか会えんかったらどうするーって」
「俺やったら、仕事変えるわ」
「で、私の傍に来るの? 何かロマンチック違うなぁー」
「ええー、どっちやねん、会えんでええんかー?」
「それは嫌やけど~」

僕もりッちゃんと背中合わせになってビールをぐいっと飲み干しながら、空を見上げていました。


by akuma

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雨の中 by akuma

「いやーだねー、雨ばっかりー」

部屋の中にロープを張って、洗濯物を干していると、部屋の中までじとじとしてきます。
屋根のあるベランダが無いアパートでは、雨が続くと部屋に干すしかありません。

「クーラー買おうか?」
「ええーっ、高いやん、暑かったら外へ出たらええやん」
「雨ん中ー?」
「どっか屋根のあるとこ」
「どこ~?」
「例えば図書館とか」
「ああー、図書館ええねー、行こう」
「ほな、大学の図書館行こか、新しい食堂も出来てるし」
「ええー、遠いやん」
「でも、夜の10時まで空いてるで」

夜学のある大学では、夜も図書館が空いています。

「学食で晩御飯食べたらええやん」
「うん、一辺行ってみたかったし、真ちゃんがどんな事してるか見たいしねー」

と言う事で大阪市を南から北へ移動する事になりました。

普段僕は自転車で大学まで三四十分以上かけて通っていましたが、地下鉄の駅から大学までが遠いので、結局同じくらいの時間が掛かります。
駅から商店街を通ってパチンコ屋街を抜け大学へ向かいます。
構内に近づくと、それらしい学生が多くなり、時折、知った顔が通ります。
べたべたと手を絡ませるりっちゃんを置いて先へ行こうとすると、

「真ちゃん歩くの早いー、待ってよー」
「そんなハイヒールなんか履いてくるからー」
「だって、真ちゃんとお出かけなんて、なかなかないんやからー」

普段、会社への通勤は、ほとんどジーパンで、「ジーパンねーちゃん」とあだ名が付くぐらいなのに、大学へ出かけるのに、

「ジーパンでええやんか」
「いややー、真ちゃんの友達に会ったら、真ちゃんも恥ずかしいやろー」
「ええーっ、今は試験中やから、ほとんどおらへんて」

というのに、ノースリーブのピチッとした黒のワンピースを着てきました。
僕はジーンズを切った短パンにTシャツです。

誰にも会わなければいいのにと思う時に限って、一番会いたくない奴に会うものです。

「おおー、久しぶりやんけー、生きとったかー」
「ああー、試験やからな、一応」
「まだ何か残っとたんかー」
「俺は2単位だけやけど、新しい図書館に涼みに来たんや」
「一杯やで、図書館、皆考える事一緒や」
「そうかー、座るとこないかなぁー」
「ああ、ところで隣の彼女は誰やー」

と耳元に口を近づけて来ます。

「親戚や」
「ほんまかー」

とニヤニヤ笑いながら

「高田と言います、以後お見知りおきを」

と早速彼女に挨拶しています。

「こちらこそ、真ちゃんがお世話になってます」

とまともに挨拶していますが、高田と言う奴は、根っからの女好きで、僕は何度かそのとばっちりを食った事があります。
合コンには欠かせない男ですが、後の始末が悪い、困った奴でした。

高田と別れた後

「ねえねえ、高田さんて、いい感じの人ね」
「それが曲者なんやー」
「曲者ってー」
「俺とは違うって事や」
「違うって、どういう風に」
「俺はりッちゃんだけやけど、高田は違うって事や」
「ええー、真ちゃんかて、心では浮気したいって思ってるやろー」
「俺はそんな事思った事ないでー」
「うそーーっ」
「そう言うりっちゃんはどうなんやー?」
「うちは真ちゃんだけやもん」

と言って、汗ばんだ体をくっつけてきます。

「あんま、引っ付くなゃー、人が見るやろー」
「ええーもん」

ただでさえ女子のほとんど居ない大学です。
すれ違う学生たちが、ちらちらと見ています。

真新しい新築の図書館に到着しました。
時間が遅かったせいもあって、十分に席を確保する事が出来ました。
僕は持ってきた教科書と、試験の資料を広げて眺めていましたが、彼女はどこからか、女性向のファッション誌を見つけて来ました。
普段あまり本など読まないりッちゃんですが、僕が買ってくる文庫本を僕が出かけているときに読んでいるようです。
旅先で僕が電話すると

「あんね、今、宮本武蔵読んでんねん、長いわー」

とか言っている時もありました。

僕が勉強していると、飽きてしまったのか

「なぁなあ、あの人、志村けんに似てへん」
「あれは、学生ちゃう、教務課の人や」

とか

「真ちゃん、お腹空かへん」

と言って邪魔をし、2時間足らずで引き上げる事になりました。

「学食行くか」
「学校の中?」
「そうや」
「学生でなくてもええの?」
「別に何にも書いてへん、食券買うだけやから」

確かに、こんな格好の学生はこの大学ではありえませんが・・・・・

僕はいつものB定食(ミンチカツとコロッケが中心)380円。
りっちゃんはうどん定食(うどんと具の少ないかやくご飯)340円にしました。

「結構美味しいよー、安いのにー」
「うちはまだ高い方や、キンダイの学食はうどん30円やったでー」
「真ちゃん、何で知ってんの?」
「何べんか遊びに行ったからなぁー」
「あ、あの面白い先輩のとこ」

自転車の仲間で、Sさんというとても楽しく、面白い人がいました。
彼女もナンバで一緒に飲んだ事があるのです。

「Sさん、どうしてんのー」
「どうしてんのやろなぁー、東京行ってしもてから全然会うてへんなぁー」

僅かに茶のかほりがする、やかんに入ったお茶を飲み、食器を洗い場に置きに行きました。

「どうするー、真っ直ぐ帰る?、またあの暑い部屋」
「どっか行こう、せっかく真ちゃんの縄張りに来たんやから」
「そやな、そしたら、玉突きしよか」
「玉突き?」
「ビリヤードの事や」

まだ、ビリヤードがブームになる前でしたから、あまり一般的ではなかったけど、学校の目の前にあり、一晩中開いていたので、しょっちゅうそこで夜を明かしたことがありました。

「ほなら、ローテーションでいこか」
「ローテーション?」
「玉が15個あるやろ、小さい数字から順番に、あの白球を当てて、穴に落としていくんや」
「なーんだ、簡単そう」
「これが簡単そうで、なかなかなんやー」

ブレークショットをさせると、いきなり空振り。

「力が入りすぎや」
「ええねん、黙っといてー」

むきになって力いっぱいキューを付きますが、上をかすって、トップボールに届いてコツンというだけ、

「そやから、肘を動かさんと、肘から先だけで打つんや」
「もーう、真ちゃんは黙っといてー」

僕が二・三個続けて入れると

「そら、キャリアが違うもん」

と、負け惜しみ。
まぐれに入ると

「どう、やればできる子なんよ、私は」

と言って、キューを片手にモデル歩きをしてみたり、2時間近く、周りの男どもの視線もものともせずキャーキャー言いながら遊んでいました。

「終電が近いから帰ろう」
「うん、面白かった、またこようねー」

と、最後には、まともに玉も走り、気に入ったようでした。
僕はもうあんまりつれて来たくないなぁーと思いましたが・・・・・・・・・・

駅からの帰り、雨も上がり、雲の間に間にお月さんが顔を出しています。

「明日は晴れそうやなー」
「うん、明日は会社休みやから、またどっか行こうよー」
「俺、明後日試験があるんやでー」
「ええやん、一日くらい」

結局、雨でも晴れでも出かける事になるのです。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

by akuma

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2008年6月 4日 (水)

ジン・トニック by akuma

所謂、ショットバーに行くとバーボンを飲みます。
ワイルド・ターキー

喉のキョーレツな刺激と共に、胃のあたりが熱くなってきます。
食事の前や、喉の渇きを覚えている時は、僕が知ってる唯一のカクテル
ジントニックを注文します。松脂のような香りが、不快な気分やもろもろの事を忘れさせて、思い出に浸ってしまうのですが・・・・

諫早という町は、どこにでもある地方都市ですが、最近では諫早湾の防潮扉で全国に名が知れ渡りました。
二十数年前の夏のある日、僕は諫早の街にいました。

諫早に到着してすぐに彼女と落ち合い、夕食をごく普通の居酒屋で済ませた後、

「どっかもうちょっと飲める所ないの?」
「カフェバーあるわよ」
「ええーっ、こんなとこに」
「こんなとこって、馬鹿にしてるでしょ、ほんとに」
「いやいや、どこにでもあるもんだなぁー、じゃあ、そこ行こう」

その当時「カフェバー」と言う名のちょっとこじゃれた店があちこちに現れた時でした。
古びた商店街を抜けたところに、ネオンきらびやかな、その周りとちょっと似つかわしくない構えの店が、一軒だけ開いていました。
ガラス張りの正面の壁に沿って階段が掛かっていました。
彼女を先に店に入ると、男女問わず、あちこちから声がかかり、彼女がここでかなりの常連だと言う事が分かりました。

「よく来るの?」
「まあね」

テーブルはほぼ満席だったので、空いていたカウンターの止まり木に並んで座りました。

「モスコーミール、お願い」
「ええと、僕は、ジントニック」
「好きなの?」
「まあね」

飲み物が来て、今日二度目の乾杯をして、一口飲みました。
炭酸が程よく効いていて、『夏はジュース代わりだな』と思いながらすぐにお代わりを注文しました。

「知り合いが多いみたいやねー」

来る人、帰る人が彼女に手を上げて帰るのを見て、僕は少なからず胸が騒ぐのを押さえることが出来ませんでした。
3杯目を頼んだ時、グラスを合わすのをきっかけに、空いてる手で彼女の小さなあごを捕らえ、唇を合わせていたのです。
少~し長く唇を合わせていたので、周りからのひそひそ声とこちらに向けられている視線が感じられます。

「ばか」

彼女は短く、小さな声で一言だけ言って、一瞬だけ眉間にしわを寄せていました。
僕は、ボス猿が雄叫びを上げるような気持ちだったと思います。
『彼女は俺のもの』だと。。。。。。。。


ジントニックはこのとき生まれて始めて飲みました。
目の前のメニューの一番最初に"ジントニック"とあり、あの頃好きだったビリージョエルの曲に
"ジントニック"という言葉があったので注文したまででした。

by akuma

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ベンチシート by akuma

九月の始めの日曜日、ポートアイランドのオートシアターに行ったのは、彼女と西宮でヨットに乗って遊んだ後でした。
夕刻にオートシアターのある駐車場に行き、係員の指定した場所に車を止め、ライトを消し、FMラジオを合わせますが、エンジンは掛けたままです。
エアコンがないと、とても居られないからです。
「ナインハーフ」という映画は結構エロチックなシーンもあり、ちょっといたずら心を起こした僕は、彼女の方へ手を伸ばしたりしましたが、

「もーう、見てるんだからー」

とピシャリと手を打たれてしまいました。

1時間半の映画が終わり、近くのイタリアンレストランで夕食を摂る事にしました。
その店では、パスタでも何でも2人分の量の入ったお手頃のコースがあり、2人とも気に入って結構行っていました。
その日もたっぷりと料理を楽しんで、閉店間際、車に戻りました。
キーを入れ、右に回すと
「ういんっ」と言ったきり、うんともすんとも言いません。
何度やってもエンジンが掛からないのです。

「どうしたん」
「バッテリーがな、・・・上がったみたいや」

そうです、バッテリーが弱っていたのか、長時間アイドリングで、エアコンを掛けていたため、バッテリーが上がってエンジンが掛からなくなったのです。(友達から中古で13万で買った物だから仕方ありませんが)

「どうすんのよ、もーう」

この時間では、近くを通る車も無く、どうしようもありません。

「うち来て泊まったらたらええやん」
「いやよ、明日も朝早いんやから、あたし電車で帰る」
「今からやったら、梅田で宙ぶらりんになるでー、親父の車で送ったるから」

と、おかんむりの彼女をなだめすかして、終電ギリギリでポートライナーに飛乗りました。
2人ともポートライナーに乗るのは初めてでしたが、状況が状況だけにちっとも嬉しくありません。
実家近くの駐車場に着き、親父のベンチシートにコラムシフトチェンジという、まるでタクシーのようなクラウンを引っ張り出しました。

昼間の疲れもあったのか、車に乗り込んだ彼女は、すぐにうとうととし始めました。

「眠たかったら、後ろへ行ってもええで」
「ううん、ここでいい」

と言って、僕の太ももの上に頭を乗せて寝始めます。
阪神高速の料金所のおっちゃんが不思議そうな顔して見ているのも物ともせず、彼女はぐっすりと眠っています。
僕は高速で空いた左手を、彼女の胸の上に持っていきました。

「ええよ、さわってて」

寝ていたものと思った彼女は、僕の手を取り、Tシャツの中の自分の胸に持ってゆき、

「こうしてたら、落ち着く」

と言いながら、乳房に置いた僕の手に自分の手を重ねて、またすやすやと寝始めました。
僕は、へんに興奮していて
「こんなん蛇の生殺しやん」と思いながら、
高速の出口までそのままの姿勢でずっといました。

彼女が呼吸する度に膨らむ胸と、その柔らかい感触に、別のあたたかいものを感じていました。

その夏の初めに、彼女は母になれずに、僕は父親になり損ねたのです。

今から27年も前の話です。


by akuma

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